【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

92 分かってなきゃおかしい  成人

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「ひ、緋色ひいろ殿下にご挨拶申し上げます!」

 後ろから付いてきていた人が、前に回ってきて包拳礼をした。さっき、廊下で挨拶しようとした人だ。急に大きな声を出すからびっくりした。
 ほら。
 亀吉かめきち松吉まつきちに、ぎゅうってしがみついている。亀吉かめきちは今、泣かなかったけれど、末良すえよしなら泣いていたかもしれない。子どもは、急に動いたり大きい声を出すとびっくりするものなんだ。
 今日、亀吉かめきち竹光たけみつ玉鶴たまつる鶴丸つるまる松吉まつきちも皆で一緒に来ているのは、壱鷹いちたかからのふみに、できれば西賀さいかの領主夫妻と跡取り夫妻、その子どもも皆で西中さいちゅう国へ来てほしいと書いてあったからだ。お願いを聞いて連れて来たんだから、驚かせないように気をつけてほしいな。
 まさか、ふみ壱鷹いちたかからのものだったから、西中さいちゅう国は知らなかったとか言わないよね。そんな訳ない。誰が訪ねて来るかくらい、分かっているはず。分かってなきゃおかしい。連絡がちゃんとついていたから、こうして俺たちをお出迎えしてるんだろうし。
 壱鷹いちたかからのふみが届いた後、竹光たけみつはしばらく静かに考え込んでいた。

「これは大事おおごとですよ」

 と、玉鶴たまつるが言って、その後、玉鶴たまつるも黙って考え込んでいる竹光たけみつを見ていた。
 少しして城に呼ばれたのは、竹光たけみつの弟って人とその伴侶と子ども二人だった。弟も伴侶も、灯可とうかより少し歳上に見える女の子も男の子も正装をしていた。弟は、竹光たけみつ壱鷹いちたかからのふみを渡されて読んで、小さくため息を吐いた。その後、少しだけ竹光たけみつとじっと目を合わせると、お預かり致します、と平伏した。伴侶と子どもたちも、同じように頭を下げた。頼む、と竹光たけみつは言った。鶴丸つるまる松吉まつきちも一緒にいて、じっと平伏する人たちを見ていた。俺と緋色ひいろも、立ち会ってほしいって言われて見ていた。
 俺には大事おおごとには見えなかったけれど、何か大事おおごとがあったのかもしれない。
 でも、それが終わった後、竹光たけみつ玉鶴たまつるは、お出かけなんて久しぶりやなあって楽しそうにしてたから、大事おおごとにはならなかったのかもしれない。
 弟たちも、土産買うてきてや、って笑ってた。出発の時も、笑って見送ってくれた。
 
「ああ。少し待て」

 少し前の事を思い出していたら、緋色ひいろの声がした。そうだ、挨拶。
 緋色ひいろは、すたすたと歩くと、部屋の中の一段高くなっている場所へ上がって前を向いて座った。身分の高い人が挨拶を受ける場所だ。俺もついて行く。護衛の二人も、もちろんついて来た。

「聞こう」
「はっ。西中さいちゅう国を治めます真中まなか正一郎しょういちろうが、緋色ひいろ殿下にご挨拶申し上げます。この度は、我が西中さいちゅう国の城中へとお運び頂き、至極光栄にございます」
「……」
「……」

 目の前に跪いて包拳礼をした真中まなか正一郎しょういちろうの下げた頭を見る。結われた髪。きらきらの髪飾り。
 ああ、真中まなかって、あの、弐角にかくの結婚式の時に真中まなかじゃなくなった人の家族か。お迎えに来てたかも。一度会っただけだから、あんまり覚えていないけれど。

「……」
「あ、あの、殿下……?」

 緋色ひいろが黙ったままだからか、真中まなかが口を開いた。
 緋色ひいろが目を細めた。
 ああ、駄目だ。
 この真中まなかは、挨拶が終わっていないことに気付いていないんだ。
 俺への挨拶がまだだってことに。
 
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