人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

90 案内はいらない  成人

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 雨だから、門の前で車からは降りなかった。こんなびしょ濡れの地面に跪いたりしたら、服が汚れて洗濯が大変だ。包拳礼したら傘も差せない。俺たちも、挨拶を受けていたら濡れちゃうし寒い。お城の前での挨拶も無しで、とにかく中に入った。入り口のすぐ横に車を停めてもらって、たたたって走った。
 亀吉かめきちは、一緒の車に乗っていた松吉まつきちが抱っこしてお城に入った。松吉まつきち、着物を着てても素早く動けてすごい。着物は、女の人のは男の人の羽織袴より動きにくそうだから大変だ。俺は、軍服だから動きやすくて良かったよ。
 軍服を着たら、亀吉かめきちが、かっくいーって言ってくれた。亀吉かめきちの着物姿も格好良いよって言ったら、にこにこ笑った。可愛い。こんな小さな羽織袴もあるんだなあって、びっくりした。亀吉かめきちは、こんなに小さくても正装がいるんだな。若様だから。小さい時から、正装しなくちゃいけない仕事があるってことだ。すごいな。
 お出迎えしていた人が、何で皇家の車から西賀さいかもんが? って呟くのが聞こえた。包拳礼して頭下げてたら、勝手にしゃべったら駄目なんじゃなかったっけ?
 ……ま、いいや。まだ、車から降りられていない人もいるから、お出迎えの儀式が始まってなかったんだな、きっと。
 包拳礼している人たちの間を、緋色ひいろ常陸丸ひたちまるがすたすたと迷わず進む。力丸りきまるも俺に、行こって小さい声で言った。入り口の所に止まっていたら、後ろの人が入って来られないもんね。
 あ、って入り口の辺りにいた人から声が聞こえたけれど、緋色ひいろは気にせずどんどん奥へ進んだ。いつの間にかじいやがいて、こちらです、って案内してくれていた。お城は広いから、初めての時は案内がないと迷子になっちゃうもんね。助かる。

「お、お待ちください、緋色ひいろ殿下。う、うわっ」

 急いで追いかけてきた人が、俺たちにあんまり近付く前に常陸丸ひたちまる力丸りきまるに止められた。緋色ひいろが、小さく、ちって言った。でも、足を止めた。一緒に歩いていた俺と松吉まつきちも止まった。こういうのは、放っておくといつまでもうるさいんだ、って聞いたことがある。返事をする方が、相手をするのは短い時間で済むんだって。

「なんだ?」
「ご、ご挨拶を……」
「中で聞く」
「は、はは。しかし……」
「寒い中、挨拶が終わるまで立っていろと?」
「いえ! そんな!」  
「では、行くぞ」
「は。……あ。ご案内! ご案内を致します!」
「いや。大丈夫だ」
「大丈夫? とは……?」
「この城の中のことは、うちの者がほぼ把握済みだ」
「は?」
「廊下も冷える。もう行くぞ」
「は。はは?」

 緋色ひいろが前を向くと、気配の薄いじいやがまた、緋色ひいろの少し前を歩き始める。
 声を掛けてきた人とその後ろに付いていた人たちも、首を傾げながら付いてきた。
 案内はじいやがしてくれるから大丈夫なんだ。ありがとね。


 
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