【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

87 次は  緋色

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緋色ひいろ殿下に、西中さいちゅう国領主、真中まなか正一郎しょういちろうがご挨拶申し上げます。西中さいちゅう国へわざわざのお運び、恐悦至極にございます」
「来たくて来たわけじゃない。渡すものがあっただけだ」
「望外の喜びにて、大変に有り難く、謹んで頂戴致します」

 大勢の家臣を引き連れ包拳礼をした男は、俺の声掛けに何故か喜んで顔を上げた。常陸丸ひたちまるの手が、すぐにその頭を押さえる。
 礼を解く許可は与えていない。
 後ろの家臣たち、お前らもだ。

「……っ! ぶ、ぶれ……」
「つい数時間前のことだ」

 自由に口を開く許可も与えていない。とうに昼飯の時間なんだよ。この数年ですっかり規則正しい生活が身に付いて、正確に腹時計が鳴るんだ。健康的だろ? 行動が遅いんだよ、お前。
 相手を気にせず話し始めると、男は流石に口を閉じた。
 この領主は、九鬼の城で散々に無礼を働いて叱られた男だろう? いや、無礼を働いた男の息子だったか。どちらでもいいが、相変わらずとみえる。覚えているぞ。壱鷹いちたかに声を荒げさせた男。あの時からそんなに日は経っていないのに、すっかり忘れ果ててしまったのか?
 ああ。あの日も遅刻してきたのだったな、そういえば。

西賀さいか国に賊が出た」
「……」

 一度、口を閉じる。目の前の男は、不服そうに頭を下げ直してじっとしていた。この話に興味は無さそうだ。だが、包拳礼のまま揃って頭を下げる家臣の中に肩を揺らした者がいた。力丸りきまるが警戒して、静かにそいつの近くに移動するのが見える。関係者がいるなら、裁定の時に話が早くて助かるんじゃないか。
 今日は、放っといていいぞ。
 すぐ帰るからな。

「たまたま、西賀さいかを非公式に訪問中でな。賊の出た地域を視察する次期領主夫妻とその子息、俺の伴侶も共にいた」
「なんと、西賀さいかの物騒なこと! 緋色ひいろ殿下がご無事で、何よりでございました。そのような物騒な国でお過ごしになるのは、危のうていけません。是非ともこののちは、わが国でお過ごし頂きたく!」

 頭を下げたままで西中さいちゅう国の領主は言った。口を開く許可を与えてないんだが、まあいい。ずっと口を閉じていられても話が進まん。

「その賊共が、どうやらまこと西中さいちゅう国の兵士であるらしい」
「……は?」
 
 聞き直されても、二度は言わんぞ。理解できないなら、後で家臣にでも聞いてくれ。

「賊は、捕縛して運んできた。裁定が出るまで、こちらで世話をしろ。兵であるなら西中さいちゅう国から西賀さいか国への侵略行為であるとして、九鬼くきへは連絡済みだ。こういう場合は西宗さいそう国の裁定を仰ぐものらしいからな。本日の用は以上だ」
「え? は? え?」
九鬼くきから連絡がきたら、その指定の場所でまた会おう。俺と伴侶は西賀さいか国で待つ」
「さ、西賀さいかで……? あ、いや、お待ちください。私は! 私は何も知ら……」
「その辺の申し開きを九鬼くきの前でしろ。よいか。裁定の日までに、本日引き渡す者たちが一人でも欠けていたり、身体、心身の不調をきたしていたら、その時点で侵略行為は国ぐるみであると確定する。申し開きも聞かん。以上だ」

 あ、もう一つ。

「次は、遅刻するな」
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