1,130 / 1,321
第九章 礼儀を知る人知らない人
87 次は 緋色
しおりを挟む
「緋色殿下に、西中国領主、真中正一郎がご挨拶申し上げます。西中国へわざわざのお運び、恐悦至極にございます」
「来たくて来たわけじゃない。渡すものがあっただけだ」
「望外の喜びにて、大変に有り難く、謹んで頂戴致します」
大勢の家臣を引き連れ包拳礼をした男は、俺の声掛けに何故か喜んで顔を上げた。常陸丸の手が、すぐにその頭を押さえる。
礼を解く許可は与えていない。
後ろの家臣たち、お前らもだ。
「……っ! ぶ、ぶれ……」
「つい数時間前のことだ」
自由に口を開く許可も与えていない。とうに昼飯の時間なんだよ。この数年ですっかり規則正しい生活が身に付いて、正確に腹時計が鳴るんだ。健康的だろ? 行動が遅いんだよ、お前。
相手を気にせず話し始めると、男は流石に口を閉じた。
この領主は、九鬼の城で散々に無礼を働いて叱られた男だろう? いや、無礼を働いた男の息子だったか。どちらでもいいが、相変わらずとみえる。覚えているぞ。壱鷹に声を荒げさせた男。あの時からそんなに日は経っていないのに、すっかり忘れ果ててしまったのか?
ああ。あの日も遅刻してきたのだったな、そういえば。
「西賀国に賊が出た」
「……」
一度、口を閉じる。目の前の男は、不服そうに頭を下げ直してじっとしていた。この話に興味は無さそうだ。だが、包拳礼のまま揃って頭を下げる家臣の中に肩を揺らした者がいた。力丸が警戒して、静かにそいつの近くに移動するのが見える。関係者がいるなら、裁定の時に話が早くて助かるんじゃないか。
今日は、放っといていいぞ。
すぐ帰るからな。
「たまたま、西賀を非公式に訪問中でな。賊の出た地域を視察する次期領主夫妻とその子息、俺の伴侶も共にいた」
「なんと、西賀の物騒なこと! 緋色殿下がご無事で、何よりでございました。そのような物騒な国でお過ごしになるのは、危のうていけません。是非ともこの後は、わが国でお過ごし頂きたく!」
頭を下げたままで西中国の領主は言った。口を開く許可を与えてないんだが、まあいい。ずっと口を閉じていられても話が進まん。
「その賊共が、どうやら真は西中国の兵士であるらしい」
「……は?」
聞き直されても、二度は言わんぞ。理解できないなら、後で家臣にでも聞いてくれ。
「賊は、捕縛して運んできた。裁定が出るまで、こちらで世話をしろ。兵であるなら西中国から西賀国への侵略行為であるとして、九鬼へは連絡済みだ。こういう場合は西宗国の裁定を仰ぐものらしいからな。本日の用は以上だ」
「え? は? え?」
「九鬼から連絡がきたら、その指定の場所でまた会おう。俺と伴侶は西賀国で待つ」
「さ、西賀で……? あ、いや、お待ちください。私は! 私は何も知ら……」
「その辺の申し開きを九鬼の前でしろ。よいか。裁定の日までに、本日引き渡す者たちが一人でも欠けていたり、身体、心身の不調をきたしていたら、その時点で侵略行為は国ぐるみであると確定する。申し開きも聞かん。以上だ」
あ、もう一つ。
「次は、遅刻するな」
「来たくて来たわけじゃない。渡すものがあっただけだ」
「望外の喜びにて、大変に有り難く、謹んで頂戴致します」
大勢の家臣を引き連れ包拳礼をした男は、俺の声掛けに何故か喜んで顔を上げた。常陸丸の手が、すぐにその頭を押さえる。
礼を解く許可は与えていない。
後ろの家臣たち、お前らもだ。
「……っ! ぶ、ぶれ……」
「つい数時間前のことだ」
自由に口を開く許可も与えていない。とうに昼飯の時間なんだよ。この数年ですっかり規則正しい生活が身に付いて、正確に腹時計が鳴るんだ。健康的だろ? 行動が遅いんだよ、お前。
相手を気にせず話し始めると、男は流石に口を閉じた。
この領主は、九鬼の城で散々に無礼を働いて叱られた男だろう? いや、無礼を働いた男の息子だったか。どちらでもいいが、相変わらずとみえる。覚えているぞ。壱鷹に声を荒げさせた男。あの時からそんなに日は経っていないのに、すっかり忘れ果ててしまったのか?
ああ。あの日も遅刻してきたのだったな、そういえば。
「西賀国に賊が出た」
「……」
一度、口を閉じる。目の前の男は、不服そうに頭を下げ直してじっとしていた。この話に興味は無さそうだ。だが、包拳礼のまま揃って頭を下げる家臣の中に肩を揺らした者がいた。力丸が警戒して、静かにそいつの近くに移動するのが見える。関係者がいるなら、裁定の時に話が早くて助かるんじゃないか。
今日は、放っといていいぞ。
すぐ帰るからな。
「たまたま、西賀を非公式に訪問中でな。賊の出た地域を視察する次期領主夫妻とその子息、俺の伴侶も共にいた」
「なんと、西賀の物騒なこと! 緋色殿下がご無事で、何よりでございました。そのような物騒な国でお過ごしになるのは、危のうていけません。是非ともこの後は、わが国でお過ごし頂きたく!」
頭を下げたままで西中国の領主は言った。口を開く許可を与えてないんだが、まあいい。ずっと口を閉じていられても話が進まん。
「その賊共が、どうやら真は西中国の兵士であるらしい」
「……は?」
聞き直されても、二度は言わんぞ。理解できないなら、後で家臣にでも聞いてくれ。
「賊は、捕縛して運んできた。裁定が出るまで、こちらで世話をしろ。兵であるなら西中国から西賀国への侵略行為であるとして、九鬼へは連絡済みだ。こういう場合は西宗国の裁定を仰ぐものらしいからな。本日の用は以上だ」
「え? は? え?」
「九鬼から連絡がきたら、その指定の場所でまた会おう。俺と伴侶は西賀国で待つ」
「さ、西賀で……? あ、いや、お待ちください。私は! 私は何も知ら……」
「その辺の申し開きを九鬼の前でしろ。よいか。裁定の日までに、本日引き渡す者たちが一人でも欠けていたり、身体、心身の不調をきたしていたら、その時点で侵略行為は国ぐるみであると確定する。申し開きも聞かん。以上だ」
あ、もう一つ。
「次は、遅刻するな」
464
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる