【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

82 たかが髪  緋色

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「な、な、な、な、なん、なん……」
「こんにちはー! って、何や、蕪木かぶらぎやん」
「か、か、か、かが、かがみつる……」

 トラック二台と、うちの車に乗れるだけの人数で着いた屋敷には、見覚えのある男。鶴丸つるまる蕪木かぶらぎと呼ばれた男が口を開いた直後に、男の長い髪の、結わえた紐の先がぱさりと落ちた。那月なつきか。速かったな。

「あ、ああ? ああああ?」
「うちの顔、ちゃんと覚えてるのえらいなあ。けど、肝心なとこ覚えとらんかったみたいで残念や。うちの名前を勝手に呼ぶな、って言わんかったっけ?」
「ああ。あああ。かみ! かみがあああああ」

 結わえた紐も落ちて、髪の毛が顔にぱさりと垂れてきたことで、男は恐慌状態に陥ったらしい。うるさい事だ。
 だから、先日は切らずに済ませたというのに。西国の人間は、髪を失うとまともに話ができなくなる。面倒臭い。取り乱す様を見ていたら、良い罰になるのだろうとは思うのだが、髪などどうせまた伸びるじゃないか、とどこか冷めた感情も顔を出してしまうのは否めない。所変われば価値観が違う、ということを実感する。

「これじゃ返せんぞ」
「しまったなあ」
「すみません。つい」

 俺と鶴丸つるまるの言葉に那月なつきが身を縮めた。ま、仕方ない。一度は見逃しているのだ。学習しないやつが悪い。

「まあ、しゃあない。二回目やし」

 気が合うな、鶴丸つるまる
 トラックから下ろした賊共が、かたかたと震えて立ち尽くしていた。
 そういえば、全員髪をしっかりと紐で纏めているな、と気付く。統一感のない襤褸ぼろを身に纏うことはできても、髪をひどく乱したり、くくれない程短くすることはできなかったらしい。食いっぱぐれて賊になった者の髪とは思えない。
 屋敷から出てきた者たちも、震えて動けずにいるようだ。
 そんなにか? 髪だぞ? 髪など、切ってもすぐに伸びるぞ? 歳をとって生えてこなくなる者も大勢いるぞ?

蕪木かぶらぎの屋敷の人!」

 泣き喚く男では話にならんと鶴丸つるまるが声を張った。

「うちの方に、こんな大勢の賊が出た。こちらで、なんぞ賊の情報は聞いとらんか?」

 屋敷の人間が、顔を見合わせながら首を横に振った。

「そうか。こっちの方は被害は無かったか?」

 鶴丸つるまるが優しい声を上げる。鶴丸つるまるの隣に立った松吉まつきちが、くすりと笑った。
 屋敷の人間には、どこかほっとした空気が漂った。まちまちに頷くのが見える。立ち尽くしていた賊共が、驚いたように鶴丸つるまるの方を向いた。

「ほな良かった。ところで、この人らは知り合いか?」
「え?」

 幾人もの驚きの声。その後ろ。荘重むらしげが一人の男を引き摺って、屋敷の中から現れる。

「ほら、後ろ。この賊の仲間の一人がこの屋敷に入ってったんやけど、なんの騒ぎも起きてへんかった。そやから、知り合いなんかなって」
「……!」

 驚きに声も出ない、とはこのことか。
 
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