【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

63 気になる話  成人

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「そ、そうだったんですね?」

 すぐに口を閉じていつもの顔に戻った政巳まさみだけど、声はいつもより少し高い。

「うん。そう言ってたよ?」
「そう。そうなんだ。そうでしたか」

 おんなじこと、何回も言ってる。

「ずっと使ってるからねえ」
「そう。そうです。そうなんですよね」

 あ。

「ずっと使ってたのが無いと、仕事がやりにくくなったりしてないかな」

 あると助かる物を一度使うと、それが無くなった時にすごく困ったりする。まあ、水瀬みなせが困ってるようには見えなかったけど。

「俺のを貸そうかな……」
「ん?」
「俺は、時計は時間を見るくらいです。部屋にも時計はかかってますし、腕に時計が無くても然程困ることはないので。俺の時計を貸せば、水瀬みなせさんの仕事にも支障が出なくて済むのでは、と」
「あ、うん」

 そうかも。腕に時計のない水瀬みなせが、そんなに困ってるようには見えなかったけど。

「お待たせー」

 青葉あおばが、ふかふかの座布団を三つも抱えて帰ってきた。そんなにはいらないんじゃない? と見ていたら、青葉あおばの後ろから、椅子を抱えた水瀬みなせも入ってきた。椅子を、俺たちが使う机の近くに置いて、すぐに出ていこうとする。

水瀬みなせ、待って」
「はい」
政巳まさみ、時計」
「は、はい」

 政巳まさみの動きが遅い。今ちょうど、時計を水瀬みなせに貸そうかなって言ってて、水瀬みなせがちょうど来たんだから、時計をぱっと腕から外して渡してしまえばいいのに。

「あ、私の時計は」
成人なるひとさまに聞きました。時間が合ってないって。直るまで、俺のを使っててください」
「……政巳まさみが不便だろう?」

 水瀬みなせはそう言って、政巳まさみが腕から外して差し出した時計を受け取らない。

「俺は、仕事部屋の壁に時計があるので時間はそれでも見ることができます。水瀬みなせさんはそうもいかないでしょう?」
「……政巳まさみには必要の無い品をプレゼントしてしまっていたかな」
「え?」
「自分が嬉しかったからと、同じ品を返したのは考えが足りなかったかもしれない」
「嬉しかったですよ? ずっと身に付けられることが、嬉しくて嬉しくて堪らなかったですよ!」
「……そうか」
「俺の、今年のプレゼントは、迷惑でしたか?」
「いや」

 政巳まさみは、はっきり分かるくらいに息を吐いた。

「すまない。もらったのに返していない」
「受け取ってもらえて、迷惑でないことが分かっただけで、俺は嬉しいです」

 そうか、って水瀬みなせ政巳まさみの時計を受け取って部屋を出ていった。
 聞きたい。すっごく聞きたくなってしまった。
 政巳まさみから水瀬みなせへの今年の誕生日プレゼント、何を渡したんだろう。
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