【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

62 一ノ瀬の仕事部屋  成人

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 こんこん、と扉を叩くと、首を傾げながら政巳まさみが出てきた。俺が来たことは、気配で分かって扉を開けているはず。首を傾げてるなんて珍しい。あ、青葉あおばが一緒にいるからか。

「ええっと……?」
「俺、今日はここで勉強するね」
「すみません、お邪魔します。なるちゃんが、どうしてもここで勉強するってきかないものだから」

 俺はいい事を思いついたのだ。政巳まさみは今日、村正むらまさの部屋の留守番をしながら書類仕事をしている。留守番だから、この部屋から動けない。この部屋に誰か来なかったら一人のままだ。一人のままだと、いつまでも元気が出ないかもしれない。
 政巳まさみは、そうですかと一つ頷いて言った。

「どうぞ、お使いください。成人なるひとさまが入れない部屋なんて、この宮にはございませんよ」

 あ、うん。知ってる。まあ、うちの人は皆、割とどこでも入れるし、一緒だね。

「俺と青葉あおばが一緒にいたら、政巳まさみの元気が出るかも」
「元気がないのは確定なんですね」
「あるの?」
「いや、まあ、なくもない、というか、その、俺、ほんと駄目ですね」
「駄目?」
「ええ。駄目です」
「そっか」

 何が駄目かよく分かんないけど、元気がなくて駄目なのなら、やっぱり俺がここにいた方がいいね。
 余ってる机に座ったら、ちょっと机が高かった。

「私の分の椅子と、座布団を幾つか持ってくるよ」

 青葉あおばが素早く出ていく。この部屋には、ちょっと座って話すための椅子とかそういうものが無い。緋色ひいろの部屋にある、お客さん用の椅子と机もない。仕事用の机は、村正むらまさのと政巳まさみのと余りが一つ。それだけ。
 訪ねてきた人は、座って話したりしないってことかな。お客さんも座らせてはもらえない。そういう事か。
 うんうん、と頷いていると、政巳まさみがふっと笑ったのが見えた。

「やっぱり」
「え?」
「やっぱり、俺がいたら元気になった」
「はは。……いえ、大したことじゃないんですけどね」
「うん?」
「本当に、くだらない事なんですけど」
「うん」

 動きだけじゃなく、話すのも素早い一ノ瀬なのに、今日の政巳まさみはなかなか意味のあることを話さない。ま、いいけど。

水瀬みなせさんが時計を外してて、ですね」

 ああ、それ。

「時計が合ってなかったから、外してるって。時間ある時に直すって言ってた」
「……」

 政巳まさみが、ぽかんと口を開けてる顔は初めてみたよ、俺。
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