【完結】人形と皇子

第九章 礼儀を知る人知らない人

51 八百屋はすごい 成人

「清さんはねえ、すごいんだよ。野菜の値段を全部覚えてて、レジが無くてもすぐ計算できて、おつりもぱっと出てくるの」
「へええ」
「あ、いや、その、八百屋なら皆、当たり前のことで」

　そうなの？　八百屋なら皆、当たり前なの？　できないと八百屋にはなれないってこと？　うわあ、そうかあ。清さんしか八百屋を知らないから、俺、八百屋が皆、そんなにすごいとは知らなかった。
　野菜の値段は値札を見ながら少しずつ覚えられそうだけど、品物をいくつも買った人の値段を足していったり、渡されたお金からすぐに計算してお釣りを渡すのが大変だ。きっとだいぶ修行がいるんだ。それを袋に詰めながらやるんだから、清さんはもう本当にすごい。俺は、しょっちゅう通ってても八百屋にはなれそうにない。

「ぶどう」
「ほんまや、葡萄あるな。亀、触ったらあかんで」

　亀吉かめきちが伸ばした手を、ひょいと止めながら松吉まつきちが言う。売り物に触っちゃ駄目ってのは、子どもを連れた大人がよく言い聞かせていることだ。好きなものとか気になるものを見つけると触りたくなるのは皆一緒。でも、野菜や果物は特に、手を触れるとそこから傷むから大事にしないといけない。折り紙みたいにぐしゃってなったら大変だからね。

「ぶどう、すき」
「俺も葡萄好き。一緒だね、亀吉かめきち」

　うんうんって頷く亀吉かめきちが可愛い。鶴丸つるまるたちは、お土産に葡萄も持ってきてくれたから、デザートに食べた。甘くて美味しかった。
　
「結構、値が張るんやな」
「ほんまや」
「値が張るって何？」
「値段が高いなってことです」

　鶴丸つるまるの言葉に松吉まつきちが葡萄の値札を見た。値段が高い？　果物はいつもこんな感じだけど？　清さんとこは安いから買いやすいって言ってる人が多いから、この値段でも安い方じゃないかな。葡萄とかの果物は、収穫できる地域が野菜より限られているから、どうしても値段を下げにくいのだと、手伝いしてる時に教えてもらった。
　ああ、そうか。鶴丸つるまるの住んでいる所は、収穫できる地域ってことか。

「清さんとこは安いって、皆言ってるよ」

　俺の言葉に清さんがうんうんと頷く。今日は静かね。緋色ひいろが一緒だからかな。ま、いいけど。

「これで……？」
「ちょっと納得いかへんな」

　鶴丸つるまると松吉まつきちはぶつぶつ言っている。緋色ひいろが、ふっと笑った。

「調べるか？」
「よろしいですか？」
「もちろん。人手は？」
「いえ。うちの者が、自由に動けるようにしてもらえたらそれで」
「一筆書く」
「はは。殿下の名入りの許可証ですか。入れんとこ、ないやないですか」
「お前らの懐に入る代価なら払うが、他所が潤っているなら業腹だ」

　うわあ、と鶴丸つるまるは嫌そうな顔をした。

「心当たりありまくりや」
「九鬼の結婚式で、うちの果物を売り込んでたお人がおったなー」
「なんで、あんたが言うんやって思ってたけど、そういうことかあ」

　あ！　その人、俺も覚えてる。鶴丸つるまるの領地の特産品を、違う人が緋色ひいろに、持って行きますって言ってて、何でー？　って思った。あれだよ、あの人だよ。真中まなかっていう人。うるさかった人。

「殿下。ほんまに、来さしてもろて良かったです」

　途中、俺には分からない話もあったけど、鶴丸つるまるが良かったんなら良かった。