【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
1,089 / 1,321
第九章 礼儀を知る人知らない人

46 ただ、それだけ  源之進

しおりを挟む
 確たることは何も分からないまま、許せる筈がない、とその言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。おみの傍で償う? 冗談ではない。何でこの男はそんなことが言える? 何でおみはそれを受け入れとる? 弟やから? 半分なりとも血が繋がっとるからか? おみは優しすぎる。優しすぎてあかん。その男は、おみが受ける筈やった全てを奪っとった男や。全部返してもらうことなんて、一生かかったってできるもんやない。この男が九鬼の跡取りになる為に、おみは命すら奪われかけとった。例えば、今更代わりにその命を差し出されても、おみには何も返ってはこない。
 そんくらい長い間、お前は。
 何で? とそればかりが頭を回る。
 それに……。九条てなんや。
 何で? また、何で? が頭を巡る。何でお前が皇国の九家の跡取りなんや。あんなに苦労したおみが、料理人として朝から晩まで働いて、お前はまた、ええとこの跡取り? ふざけとる。
 けど、この男に笑いかけるおみの前で、頭の中に回るそれらを口に出せる訳もない。
 何を言うこともできず、三郎さぶろうと名乗る男の、下げたままの頭を見つめ続けた。

「こりゃ、三郎さぶろう。目出度い席で何しとる」

 先ほど挨拶をした九条の先代当主が、男の隣に現れてその頭を上げさせた。男の肩を抱いて、目の前に共に腰を下ろす。低いとはいえ椅子に座った俺が、九条の二人を軽く見下ろす形になった。

「源さん。うちの孫が、すみませんな」
「いえ……」

 孫。では本当に?
 何故、この男ばかりが。
 半助はんすけに肩を抱かれたおみも、近くに腰を下ろした。眉が下がって、情けない顔になっとる。
 いっそ……。
 いっそただ、九条くじょう三郎さぶろうとだけ名乗ってくれたら良かった。俺はたぶん、気付かんかったやろうに。
 短い髪。九鬼の特徴を少しも持たん顔付き。
 俺はたぶん、気付かんかった。

「この子は、少々融通が効かんところがあるが、何にでも真剣に取り組む真面目な子でな。その上、礼儀やら何やら、そういった所作が完璧なんじゃ」
「……」

 礼儀やら何やら……。そういう風に育てられんと、なかなか身に付かへんもの……。おみは持たない、何か。

「うちは、息子二人が医師なものでな。政治的な仕事はからきしで。婿も少々体が弱いから、御前会議に出席するのが難しかった。九条家はもう取り潰しで結構、と言っていた所に授かり物じゃ」

 この家の皆が承知の上、とそういう事か。皇家も。
 ……殿も。
 瞬きしかできない俺に構わず、九条の先代当主は、言葉を続ける。の肩に置いた手が、あやす様にぽん、ぽんと動いていた。

「書類仕事が大の得意じゃから、書類仕事の苦手な緋色ひいろ殿下が大層助かっていると、常々言っておられる。自慢の孫なんじゃ」
「な、るほど……」

 絞り出した声は、ひどく掠れていた。

「すまんが、わしは、昔のこの子を知らん」
「……」
「ただ、今のこの子はこうだと、それだけじゃ」

 今のこの子。 
 俯き、身を縮める男。短い髪。九鬼の特徴を少しも持たん顔付き。
 以前のその子も今のその子も、俺は知らん。どんな子かどんな顔かも、何にも知らんかった。敵の旗印。ただそれだけ。
 なら、何も言うことはできはしない。ただ、今は許せもしない。
 できることは、全てを飲み込み、ただ頷くだけ。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...