【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

22 髪  源之進

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 ふと手が伸びた。したいようにしてええのは、俺も同じ。

「え……」

 けど、撫でた髪の手触りに驚いて手を離す。
 
「あ……」
「あ、その、すまん。小さい子やないのに」
「あ、ううん。その、嬉しい……」

 尻すぼみの言葉。その後うつむいて、差し出すように頭をこちらに向けるから、もう一度撫でて、やはりその手触りに驚いた。

「これ、髪……」

 自前やったんか。綺麗に整って伸びとるもんやから、俺はてっきり……。
 確かによく見ると、髪の生えない箇所はそのまま生えてはおらず、けれど、それを上手く誤魔化して整えられていた。よくよく見ないと分からないくらいに綺麗に。

「あ、その、び、美容液買うくらいのお給料はもろてて。あ、でも、美容液はいっつも、半助が買うてくれとんやけど」
「ふーん……」

 美容液を贈ることの意味くらい知っとる。熱烈な愛のあかし。あの男なら、おみが他の者からもらった美容液は隠して、自分の贈った物だけを使わせるくらいの事はやりそうや。

「半助の分はうちが買うとるから、交換しとるだけなんやけどな」
「あー、はいはい」

 同じものを使ってるってか。かー。息子の惚気のろけなんて聞きとうなかったわ。
 でも、なんや、あれやな。
 ちゃんとおみもあいつのこと好きなんやな。絆されたとか、命の境目でお互いしかおらんかったとかそういう事やなく。

「美容液の店で、月に一回くらい贅沢なお手入れもしてもろてな。もっと通ってもええんやでって半助は言うてくれとんやけど、もう、充分贅沢で。うち、ほんま」

 おみは、ふにゃりと笑う。何の力も入っていない自然な顔で。
 
「幸せやで、源さん」
「そうか」
「やからな」

 食事を再開した俺をじっと見て、おみは真剣な顔を向ける。

「源さんも、もう髪の毛伸ばしてええよ」
「……阿呆。これは、あれや、お前。面倒くさいし金が無いから伸ばさんのやって、知っとるやろ」
「うん。知っとる……。でも、もううち、お金あるから源さんの美容液買ってくるし、うちが手入れしたげるから、面倒くさくないし伸ばせるよ」
「お前から美容液なんてもらったら……」

 あの男が何を言うことやら、という言葉は飲み込む。

「好きな人に渡す物なんやから、ええやん」

 ええのか?ええんかな。好きな人。そうか、好きな人、か。
 ふーん……。
 まあ、でも、今更、なあ?

「別に、このままでええけどな。こっちでは、男は特に短い者ばっかりやし」

 こっちで暮らすなら、このままで何もおかしなことは無い。

「そうやけど。伸ばすかどうかはまた、考えたらええけど。でも、うちが源さんの髪の手入れしたいから、それはさせて。な?」

 そんな一生懸命頼むことでもないやろ。もう、ほんまに今更……。
 あー、もう。

「好きにせえ」


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