【完結】人形と皇子

第九章 礼儀を知る人知らない人

18 変なの 成人

「頭を打ったのか？怪我は？手合わせ中かな？」

　生松いくまつは、すぐに立ち上がって扉に向かった。

「詳しいことは何も。ただ、すぐにむやみに動かすなと以前生松いくまつ先生に言われたことを思い出して、そっと仰向けにして寝かしてあるとだけ」
「分かった。無理に運んでこずに呼んでくれるようになって良かった」

　栄さかえは、素早く治療の道具が入った鞄を持ってきて生松いくまつに渡す。

「栄さかえ先生、その方はうちの人です。後は任せます」
「了解いたしました。お気をつけて」
「はい、行ってきます」

　ばたばたと生松いくまつが出ていった。

「先生は一緒に行かんでもええんですか？俺なんかを構ってる場合やないんちゃうか」
「いえいえ。構いますよ。逃がしません」
「あ」

　栄さかえは、あっという間に源さんの腕に点滴を繋いだ。

「ちょ、ちょっと待ってください、先生。まだ診察もろくろくしとらんやろ。これは何の薬……？というか、あんた、その、俺は初めて見たんやが、こっちの国では女も医師になれるんか。うちんとこでは、産婆と手伝いの看護人しか見たことないんやけど」
「まずは痛み止めと炎症止めです。怪我の具合はだいたい分かりましたから、治療についてはこれから詳しく調べて計画を立てますね。手術が必要ですから、手術の得意な忍部しのぶべ博士を呼びます。離宮の人だと言ったら、きっとすぐに来てくれますよ。博士は何故か、緋色ひいろ殿下に頭が上がらないみたいでしてね。私は事情は知らないんですが。それから、女は医師免許試験は受けさせて貰えないので、私は国の発行する医師免許は持っておりません。ただ、実家で定期的に行われる免許試験で首席合格しておりまして、家門が発行する免状は持っております」
「そ、それじゃつまり、正式な医師免許はねえってことか」
「ええ、そうなります。なので生松いくまつ先生の留守中は、睦峯むつみね先生にこちらに常駐して頂いていたのですよ。無免許の女が診察して治療していると難癖をつけられないようにね。ま、そんな人がこの端っこの病院に来ることはないのですが、念の為」
「……その形なりは女と分からないようにってことか」
「服装は、私は動きやすさで選ぶので、あまり女性らしくはないかもしれませんね。髪が短いのは手入れが楽だからです。意識的にそうしている訳ではありませんが、そういう気持ちも私の奥底にあることは否めません」
「ははあ。見事なもんやなあ……」

　へえ。栄さかえは女の人だったのか。服装が女の人用じゃないから分かんなかった。体が小さいなとは思ってたけど。いつも、生松いくまつと同じように仕事してるから分かんない。男でも女でも変わらないのに、なんで免許の試験を受けられないのかなあ。変なの。

「見事、ですか？」
「ああ。見事なもんや」
「それは……ありがとうございます」
「皇城の敷地内で無免許の者が堂々と居られるってのは、緋色ひいろ殿下ってお人はなかなか……」
「はは。私の雇い主は緋色ひいろ殿下ではありません。まあ、この病院は、開店休業状態だったものを緋色ひいろ殿下が貰い受けて生松いくまつ先生に渡したものなので、緋色ひいろ殿下の手の内にいるとも言えますが」
「へえ……。ああ、ほやから、うちの人……。俺の治療やらは栄さかえ先生が一人でしても問題んならんってことか」
「女と知っても私を先生と呼んでくれる。貴方は間違いなく緋色ひいろ殿下のとこのお人ですね。では、少しゆっくりとお休みください。しばらく入院ですよ」
「文句、言いたいけど、繋がれてしもたら、しゃあないな……」

　源さんは、だんだんと話し方がゆっくりになって、うとうとし始めた。

「さて、ひと休みしよう。成人なるひと殿下。おやつを頂いてもよろしいですか？」
「うん」

　栄さかえは、うーんと伸びを一つしてお茶をいれ始めた。