【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

162 新生活一日目  源之進

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「おはよー」

 遅い昼食を、おみ東那とうなという厨房手伝いの少年と共に食堂でとっていると、からりと戸が引かれる音がした。少し掠れた高い声が元気に響く。
 緋色ひいろ殿下と、その腕に抱き上げられている成人なるひと殿下だ。昨日さくじつ、離宮内で包拳礼はいらぬと言われたが、ほなどう挨拶をお返しすればよいんやろと戸惑って腰を浮かした。隣に座るおみを伺うと、食事の手も止めぬままだった。おみは、くすくすと笑っている。

「おはよう、ちゃうよ、成人なるひとくん。もう遅いから、おそようや」

 おみは、言うた自分の言葉にまた、くすくすと笑った。

「おお」

 成人なるひと殿下が何故か感心したような声を上げて、おそよう、と言い直した。

「あは。あはは。おそよう。緋色ひいろ殿下も、おそようございます」
「……おそよう。飯あるか」

 おそようが採用されるんかい。

「ありますよ。朝の魚も昼の丼も残っとりますよ」
「丼。味噌汁があれば飲む。茶は熱いのと冷たいの二つ」
「はいはい」

 緋色ひいろ殿下は、俺たちの間近に腰を下ろされた。成人なるひと殿下のことを膝に抱えたられたままだ。……席が決まっとる訳やないとおみが言っとったけども、この位置はあまりに下っ端の者に近過ぎるんちゃうか。もう少しこう、下々の者とは距離をおいて、とか、そういう気持ちは持たれないんやろか。
 そして今は、腰を浮かしたついでに、俺が緋色ひいろ殿下の注文の品を取ってくるのが正解なんやろか?そん時、成人なるひと殿下は何を食べはるんやろ。おみが、相変わらず素早さに欠けるから、次の動きが読めん。ゆっくり茶を飲んどる場合ちゃうやろ、おみ

緋色ひいろ。ご飯、取りに行かないの?」
「行かない」

 成人なるひと殿下の言葉に、緋色ひいろ殿下がつんと顔を背けられた。自分で食事を持ってきて食べる言う決まりは、殿下方にも適用されてるんやったっけ。

「もー。じゃあ俺が行く」
「無理だからやめとけ」
「へ?」
 
 緋色ひいろ殿下の膝から立ち上がりかけた成人なるひと殿下は、ふらついて緋色ひいろ殿下の膝に戻った。

「あれ?」
「まあ、そういう事だ。今日はここにいろ」
「もー。殿下」

 おみが真っ赤になって立ち上がる。

「うちが取ってきます。成人なるひとくんも丼と味噌汁でええ?あとはぬるいお茶やんな」
「うん。ありがと」
「はい、持ってきますね」

 おみが立ち上がると、東那とうなも共に立ち上がった。二人は頭を一つ下げると厨房へ向かっていく。慌てて二人の後に続いて頭を下げて追いかけた。おみに声を潜めて問う。

成人なるひと殿下の体調が、あまり良うないいうことか?」
「もー、ちゃうよ、源さん。いややわ!」

 顔を真っ赤にしたおみに背中をばんばん叩かれた。そのまま、答えは得られんかった。
 いや、どういうことや?
 ちっとも分からん。

 
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