【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

157 見えること見えぬこと  朱実

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「陛下に報告をしたいのだけれど」
「え?」

 離宮まで、行って帰っても大した時間ではなかった。とんぼ返りなど、言葉は知っていても経験したのは初めてだ。お忍びの時すら、それなりに仰々しい準備がいる身。このように、その時の感情のままに駆けて、感情のままに話したなどということをした経験は、覚えている限り無かった。
 話しかけた緋色ひいろからの、明確な返答は得られていない。だが、微かに頷いたのは確認できた。本当はもう少し話したかったが、赤璃あかりがあれでよいと言った。今日は、あれで良いのだと。
 赤璃あかりに倣って正解を引いたことは分かっていたので、腕を引かれるままに帰ってきた。
 後は部屋で落ち着いて考えよう、と自分たちの部屋へ向かっていた私に赤璃あかりが言ったのは、先ほど、追って沙汰する、今は出ていけと赤璃あかりへ告げた父上の所へ行きたいとの言葉だった。

「陛下に、緋色ひいろに答えを伝えられたことを報告したいの。緋色ひいろのもとへ行ってきてくれと、仰ってくださったでしょう?」
「……」

 確かに、今は出ていけと父上が言ったことですぐに行動することができたが、あの言葉に、緋色ひいろの元へ行ってきてくれとまでの意味が込められていたのかどうか。私や父上にはあの時、緋色ひいろを追いかけるつもりはなかったのだ。赤璃あかりの思うようにしてよい、くらいの意味ではないだろうか。神ならざる身には、人の心など容易く読み取れるものでは無いが。

「陛下だって、答えをお聞きになりたいはずだわ」
「二ノ瀬が、報告をするのではないか?」

 父上の影がきっと、私と赤璃あかりの、緋色ひいろとのやり取りを報告することだろう。一ノ瀬が私に報告を欠かさぬように、二ノ瀬は父上に報告を欠かさない。そういうものだ。

緋色ひいろの、あの微かな頭の動きが私たち以外に見えたとは思えない。緋色ひいろからのいらえは無かったと報告されたら、それはまた新たな誤解を生むかもしれない」

 微かな、本当に微かな頷き。ごく近くにいたからこそ見えたもの。
 離れて在る者たちには見えぬことが、この世には幾つもあることは想像に難くない。

「なるほど……」

 当事者にしか分からぬことも、報告書を介して見ていた?そうして生まれた小さな齟齬が、どこかで積み重なって……。

「なるほど」

 私は、ここもまた素直に妻に従うことにした。
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