【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
1,030 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

154 前置きはいらない  朱実

しおりを挟む
 離宮の入り口に車をつけさせると、自ら扉を開けて降りた。歩いて帰っていた緋色ひいろを直前で追い抜いたのだ。よほどのんびりと歩いていたものか。緋色ひいろが離宮の中に入っていれば、今夜はもう会うのも難しかっただろう。良かった、と息を吐く。こんなに焦ったのは、いつぶりか。
 成人なるひとを抱いて歩いてきた緋色ひいろは、車に気付いて足を止めていた。降りた私を見て、くるりと踵を返す。

緋色ひいろ、待て」

 踵を返して、どこへ行こうというのか。そちらは、お前が逃げてきた場所だろう?

緋色ひいろ、あなたの食べ方が汚いなんて誰も思っていない!」

 同じく車を飛び降りた赤璃あかりが叫ぶ。緋色ひいろの足が止まった。

「皇妃殿下も仰っていた。陛下も!陛下は、緋色ひいろの所作にはなんの問題もないと教師たちから報告を受けているって仰っていたわ。だから!だから、あなたの所作にはなんの問題もない。最初からなんの問題もなかったの。食べ方が汚かったことなんて、一度もなかった」
緋色ひいろ。教師がなんの問題もない、と父上に言っていたそうだ。お前に伝わっておらず、申し訳なかった。随分と長い間、気に病んでいたことに気付きもせず、楽しく食事ができているとばかり思い込んでいた」

 赤璃あかりが、緋色ひいろへ向かって歩きながら声を上げる。赤璃あかりは、早く、少しでも早く伝えるべきだと車の中で言っていた通りに、緋色ひいろの姿を見るなり伝えるべきことを伝えていた。近寄ってからだとか、顔を見てからだとか、話の前置きだとか、私が考えていたことを全て飛ばしたその潔さに習って、私も声を張る。
 緋色ひいろが、驚いたように振り返った。
 それは、私の言葉の内容にというより、間髪入れずに声を張った私に驚いたものだったようだ。どうやら正解を引いたと安堵する。赤璃あかり。私は、君に習わなければならない事がたくさんあるようだ。どうかこれからも、私を導いてほしい。
 目の前に立つと、緋色ひいろはふいと顔を背けた。月明かりで表情を見分けることさえ難しいが、それでも顔を逸らした?緋色ひいろが?

「申し訳なかった。お前の気遣いに気付かず、安易に食事に誘っていたこと」
「……」
「何とも思っていない。誰も、お前の所作に不快な思いはしていない」
「……」

 とにかく伝えるべきことを伝えなくては、と言葉を重ねる私へ顔を向けた緋色ひいろは、大きく見開いた目をぱちぱちと瞬かせた。緋色ひいろの腕の中で、成人なるひとの大きな片目がこちらをじっと見ている。その表情からは何も読み取れなかった。
 口を何度か開けかけては閉めた緋色ひいろが、ふると一度頭を横に振る。

「そうか」

 それだけ言うと、離宮へ向けて歩き出した。

緋色ひいろ

 伸ばしかけた私の手は、赤璃あかりに止められ緋色ひいろに届かない。

「また、一緒に食事をしてくれたら嬉しいわ」

 赤璃あかりの言葉に、成人なるひと緋色ひいろへ顔を向けるのが見えた。緋色ひいろの頭が微かに動いたのは、見間違いではなかったと思う。
 気付いてしまった赤い目元もまた、見間違いではないのだろうけれど……。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...