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第八章 郷に入っては郷に従え
154 前置きはいらない 朱実
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離宮の入り口に車をつけさせると、自ら扉を開けて降りた。歩いて帰っていた緋色を直前で追い抜いたのだ。よほどのんびりと歩いていたものか。緋色が離宮の中に入っていれば、今夜はもう会うのも難しかっただろう。良かった、と息を吐く。こんなに焦ったのは、いつぶりか。
成人を抱いて歩いてきた緋色は、車に気付いて足を止めていた。降りた私を見て、くるりと踵を返す。
「緋色、待て」
踵を返して、どこへ行こうというのか。そちらは、お前が逃げてきた場所だろう?
「緋色、あなたの食べ方が汚いなんて誰も思っていない!」
同じく車を飛び降りた赤璃が叫ぶ。緋色の足が止まった。
「皇妃殿下も仰っていた。陛下も!陛下は、緋色の所作にはなんの問題もないと教師たちから報告を受けているって仰っていたわ。だから!だから、あなたの所作にはなんの問題もない。最初からなんの問題もなかったの。食べ方が汚かったことなんて、一度もなかった」
「緋色。教師がなんの問題もない、と父上に言っていたそうだ。お前に伝わっておらず、申し訳なかった。随分と長い間、気に病んでいたことに気付きもせず、楽しく食事ができているとばかり思い込んでいた」
赤璃が、緋色へ向かって歩きながら声を上げる。赤璃は、早く、少しでも早く伝えるべきだと車の中で言っていた通りに、緋色の姿を見るなり伝えるべきことを伝えていた。近寄ってからだとか、顔を見てからだとか、話の前置きだとか、私が考えていたことを全て飛ばしたその潔さに習って、私も声を張る。
緋色が、驚いたように振り返った。
それは、私の言葉の内容にというより、間髪入れずに声を張った私に驚いたものだったようだ。どうやら正解を引いたと安堵する。赤璃。私は、君に習わなければならない事がたくさんあるようだ。どうかこれからも、私を導いてほしい。
目の前に立つと、緋色はふいと顔を背けた。月明かりで表情を見分けることさえ難しいが、それでも顔を逸らした?緋色が?
「申し訳なかった。お前の気遣いに気付かず、安易に食事に誘っていたこと」
「……」
「何とも思っていない。誰も、お前の所作に不快な思いはしていない」
「……」
とにかく伝えるべきことを伝えなくては、と言葉を重ねる私へ顔を向けた緋色は、大きく見開いた目をぱちぱちと瞬かせた。緋色の腕の中で、成人の大きな片目がこちらをじっと見ている。その表情からは何も読み取れなかった。
口を何度か開けかけては閉めた緋色が、ふると一度頭を横に振る。
「そうか」
それだけ言うと、離宮へ向けて歩き出した。
「緋色」
伸ばしかけた私の手は、赤璃に止められ緋色に届かない。
「また、一緒に食事をしてくれたら嬉しいわ」
赤璃の言葉に、成人が緋色へ顔を向けるのが見えた。緋色の頭が微かに動いたのは、見間違いではなかったと思う。
気付いてしまった赤い目元もまた、見間違いではないのだろうけれど……。
成人を抱いて歩いてきた緋色は、車に気付いて足を止めていた。降りた私を見て、くるりと踵を返す。
「緋色、待て」
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同じく車を飛び降りた赤璃が叫ぶ。緋色の足が止まった。
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「緋色。教師がなんの問題もない、と父上に言っていたそうだ。お前に伝わっておらず、申し訳なかった。随分と長い間、気に病んでいたことに気付きもせず、楽しく食事ができているとばかり思い込んでいた」
赤璃が、緋色へ向かって歩きながら声を上げる。赤璃は、早く、少しでも早く伝えるべきだと車の中で言っていた通りに、緋色の姿を見るなり伝えるべきことを伝えていた。近寄ってからだとか、顔を見てからだとか、話の前置きだとか、私が考えていたことを全て飛ばしたその潔さに習って、私も声を張る。
緋色が、驚いたように振り返った。
それは、私の言葉の内容にというより、間髪入れずに声を張った私に驚いたものだったようだ。どうやら正解を引いたと安堵する。赤璃。私は、君に習わなければならない事がたくさんあるようだ。どうかこれからも、私を導いてほしい。
目の前に立つと、緋色はふいと顔を背けた。月明かりで表情を見分けることさえ難しいが、それでも顔を逸らした?緋色が?
「申し訳なかった。お前の気遣いに気付かず、安易に食事に誘っていたこと」
「……」
「何とも思っていない。誰も、お前の所作に不快な思いはしていない」
「……」
とにかく伝えるべきことを伝えなくては、と言葉を重ねる私へ顔を向けた緋色は、大きく見開いた目をぱちぱちと瞬かせた。緋色の腕の中で、成人の大きな片目がこちらをじっと見ている。その表情からは何も読み取れなかった。
口を何度か開けかけては閉めた緋色が、ふると一度頭を横に振る。
「そうか」
それだけ言うと、離宮へ向けて歩き出した。
「緋色」
伸ばしかけた私の手は、赤璃に止められ緋色に届かない。
「また、一緒に食事をしてくれたら嬉しいわ」
赤璃の言葉に、成人が緋色へ顔を向けるのが見えた。緋色の頭が微かに動いたのは、見間違いではなかったと思う。
気付いてしまった赤い目元もまた、見間違いではないのだろうけれど……。
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