【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

155 ぽいっ  緋色

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 離宮うちの扉は、近付いただけで開いた。

「おかえりなさいませ」

 扉を開けた村正むらまさの、いつも通りの声。頭領自ら出迎えか。暇なのか。

「ただいま」

 腕の中の成人なるひとが元気に挨拶を返しているのを聞いて、黙っているのは良くないと口を開く。

「かえった」
「はい」

 じっと見返してくる目から顔を逸らすことはしなかった。どうせ全て知っているんだろう。なら、俺から言うことは何もない。
 後ろで扉が閉まる。車の音が遠ざかっていく。あいつら、あれだけを言いにわざわざ来たのか。ご苦労なことだ。
 勝手に帰ったのは緋色ひいろなのだから放っておけ、とでも言いそうなのにな。誤解があったなら、次に会った時に訂正を伝えておこう、なんてことも言いそうだ。
 だが、朱実あけみが、大声で早口でその上前置きもなく言ったのは、俺が置いてきた言葉への返答だった。
 返答。返答だ。
 たったの一度も得られなかった、それ。
 何だ、急に。……変なものでも食ったのか。

「風呂」
「はい。そのまま行かれますか」
「ああ」
「畏まりました」

 今は特に、こうした淡々としたやり取りが有り難い。俺の手足として一ノ瀬を貸してくれたことを、少しだけ朱実あけみに感謝した。

「手拭いは?寝間着は?」
「大丈夫だ」

 何も持たずに風呂へ向かうことへ首を傾げる成人なるひとをなだめて、真っ直ぐ風呂へ向かった。
 いつもは、上がった後で使う手拭いや寝間着を部屋で準備してから風呂へ向かう。誰もがそうする、離宮うちのやり方だ。それしか知らない成人なるひとが戸惑うのも無理はない。
 いいんだよ、本当は。
 ひとこと言えば出てくるんだ、何でも。本当はな。

「順番は?」
「知らん」

 貸し切りで入りたい者は時間を告げて順番に、との風呂の決まりも全部知らん顔だ。

「ええー?」

 いいんだ。きっと誰も何も言わない。分かったような顔して、放っておいてくれることだろう。ああ、腹が立つ。うちの者たちは、腹が立つほど察しがいい。
 成人なるひとを脱衣所の床に下ろし、ちゃっちゃと自分の軍服のボタンを外していく。
 シャツも上着もボタンが多いんだよ、くそ。成人なるひとがそこに居なければ、苛立ち紛れに引きちぎっていたかもしれない。
 とにかく早く脱ぎたくて、軍服に付いた飾りも何もかもそのままに床にばさっと投げ捨てた。
 ぱちぱちと大きな右目を瞬かせた成人なるひとが、自分の軍服のボタンにかけた右手を避けさせ、そちらも手早く外して投げ捨てる。
 こちらをじっと見上げた成人なるひとが、小さな色とりどりのぞうが描かれた下着に自分で手をかけて脱ぎ……。
 ぽい、と俺の投げ捨てた服の上に放り投げた。
 あは、と笑う額にキスを一つ。
 いらいらした気持ちが落ち着いていく。
 後で一緒に叱られよう。
 全部、色んなこと全部、風呂で流してから。
 それから。


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