【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
1,029 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

153 駄々をこねているのはどちらか  朱実

しおりを挟む
 こちらでの食事に付き合っていた緋色ひいろを尊敬する、との赤璃あかりの言葉に、瞬間、思考が止まる。
 付き合っていた。
 それは、当たり前だ。
 ここで食事をするのは皇族の義務で、それを簡単に放り出す緋色ひいろは、気分屋で自分勝手で。
 だが、緋色ひいろが自分勝手な気分屋ではないことを私は知っている。私が一番知っている。私は、誰より緋色ひいろのことを見てきた。城に寄りつかなくなってからも、さり気なく護衛を置いて緋色ひいろの行動を把握していた。あれは、あの子は、いつだって皇族としてきちんとしていた。時に苛烈であっても、その行動が気分だけで行われたことなど無かった。任された仕事を投げ出したりもしない。
 では、何故?
 何故私は、母上の落ち込みを慰めるために、緋色ひいろは気分屋だなどと告げたのだろう。
 緋色ひいろが食卓に出て来ないのは何故か、と尋ねる度に父が言ったからだ。
 緋色ひいろは、ここで食事をしたくないと駄々をこねているらしい。自分の食事の作法は汚いから、と言ってな。教師は、作法に問題はないと言っていたのだから言い訳だ。気分で義務を怠るなど、あれは随分と気分屋のようだな、と。
 だから、食事に関することでは緋色ひいろは気分屋だということになっていた。私の中で。だから、母上が食卓に緋色ひいろの姿がないことを嘆く度に、先ほどのように言って慰めていたのだ。緋色ひいろは気分屋だから、と。
 けれど。
 そうだ、おかしい。
 食事に関してだけ気分屋、とはなんだ?食事に関してうるさいとか、好き嫌いが多いとか、そういうのが食事に関してだけの気分屋に当たるのではないか?共に食事をする場に出る、出ないを気分で決めるような人間は、普段の行動も気分で決めてしまう傾向になるのではないか。緋色ひいろにその傾向はない。食事に関してだけ考えてもそうだ。緋色ひいろが、公務である晩餐会などの食事の集まりをすっぽかした事など、一度たりとてない。
 なら。
 赤璃あかりの言うように緋色ひいろは、ただただこの家族の食事の場が苦痛で、できれば来たくなかった。それでも、気分屋ではないから、誘われて断る理由がなければ付き合ってくれていた。義務を果たしていた。
 苦痛の原因は、私たちが終わったことだと思っていた昔の一幕にあり、緋色ひいろの中でそれは何も終わっていなかった。誰も、もう大丈夫、よくできました、と言わなかったから、もう大丈夫か分からない。できているのか分からない。そんな思いでとる食事は、どんなに……。

「陛下。皇妃殿下。大変に失礼を致しました。私の不敬について、処分はいかようにもなさってください。ただ。ただ、今、しばしの時間を頂ければと思います」

 しくしくと泣く母の肩を抱いて、ため息を吐く父。その二人に、深々と頭を下げた赤璃あかりが願いを口にする。

「不敬、か。そうだな」
「父上」

 赤璃あかりに処分?
 確かに先ほどの赤璃あかりの物言いは、陛下に対し不敬であった。だが、家族として考えるなら?家族だから、この場で共に食事をしていたと言うのなら、その発言は許されるのでは?
 そう考えてから、義務でここに居た自分がそんな事を言えるだろうかと躊躇する。
 自分もこんな考えのくせに、緋色ひいろへここへ来いと強請っていたなんて。駄々をこねているのはまるで……。

「追って沙汰する。今はここから出てゆけ」
「はっ」

 父の言葉に素早く踵を返した赤璃あかりを、慌てて立ち上がり追いかけた。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

処理中です...