【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

152 昔のことなんかじゃない  赤璃

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「皆さまが、緋色ひいろともう二度とお食事を共にしなくてもよいと仰るならこのままでいいんでしょうけれど。また共にお食事をしたいとお思いなら、緋色ひいろの言葉を真摯に受け止めて、返事をしなくてはなりません」
赤璃あかり。返事を聞かずに出ていったのは緋色ひいろだ」

 私が声を落とす気がないと気付いた朱実あけみが、諦めたように普通の声量で言葉を返してきた。

「ええ。出ていってくれて良かったわ。陛下と皇太子殿下のあんなに酷いお言葉を聞かせずに済んだのですもの」
「酷い?」

 陛下が、ぴくりと眉を上げられる。皇妃殿下に優しい言葉をかけてなだめる人の輪に入らない私は、穏やかに事を収めたい陛下にとって不穏分子に見えるだろうか。
 でも、口を閉じることなんてできない。ここで私が口を閉じたって、表面が穏やかに見えるだけ。心の内まで穏やかに収まる訳じゃない。

「酷いです。とても酷い。きちんと教育した、ですって?皇妃殿下が二度と不快になることがないように?そんなことを、緋色ひいろが出ていかなければ緋色ひいろの前でも仰るおつもりだったのですか?そんなの、小さな頃の緋色ひいろの食べ方が汚かったと、陛下も思っていらっしゃったのだと仰っているようなお言葉ではありませんか!私が覚えている限り、緋色ひいろ殿下の食べ方が汚かったことなんてないわ。幼い頃の緋色ひいろ殿下は、本当に教育をし直さなくてはならない程、汚い食べ方をしていましたか?陛下も、幼い緋色ひいろ殿下の食べ方に皇妃殿下と同じことを思われたのですか?それは、些細な子どもらしい失敗ではなく?もし本当に、少々上手ではなかったとして、もう一度された教育の後で、上手になったな、と褒めて差し上げましたか?もう大丈夫だ、とひとことでも緋色ひいろ殿下に仰いましたか?」
赤璃あかり赤璃あかり、落ち着け。昔のことだよ。ものすごく、昔のことだ」
朱実あけみ、あなたには昔のことなのね。でも、緋色ひいろの中では昔のことじゃなかったのよ。そりゃそうよ!誰も、もう大丈夫って言ってないなら終わらない。終われない。それは今も、緋色ひいろの中で続いてる!」

 震えて泣き始めた皇妃殿下の肩を抱いた陛下が、小さなため息を吐く。

「ここに全員が揃って最後まで食事できているんだから、大丈夫だと分かるだろう」
「分かりません!分かるわけないです!だって、緋色ひいろは言っていました。汚いと言われた時の食べ方と訓練後の食べ方がどう違うのか今でも分かっていないって。どうしてきちんと言ってあげていないんですか。緋色ひいろの食べ方は何が駄目だったのか、どう大丈夫になったのか。分からないまま、また同じように言われたらどうしようと思ったままで落ち着いて食事なんてできる訳がありません。私ならできません。今でも時々、こちらでの食事に付き合っていた緋色ひいろを尊敬します」

 本当に、緋色ひいろ、あなたは凄い、よく頑張った、と伝えに行きたい。
 早く。
 少しでも早く。

 
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