【完結】人形と皇子

第八章 郷に入っては郷に従え

137 何だかほっとした 成人

「源さんも一緒のお部屋の方がいい？」
「へ？」
「仲良しだから、壱臣いちおみと一緒か、近くのお部屋がいいのかなあ」
　
　壱臣いちおみと半助はんすけが二人で過ごす部屋に、涙が止まらない壱臣いちおみと源さんを連れてきた。村次むらつぐが、一度そうした方がいいって言って、壱臣いちおみもうんって言ったから。源さんは、うちのどこに何があるか分からないだろうし、壱臣いちおみは涙で目が見えにくくなってるから俺が案内した。それは俺の仕事だから任せて。
　それで、案内して気付いたんだけど、源さんの部屋は二人の部屋から少し離れている。空いてる一人用の部屋を準備しただけだから、源さんの部屋は階段の近くだ。人がよく通る所。
　壱臣いちおみと半助の部屋は俺と緋色ひいろの部屋の近くで、人があまり通らない所にある。だから、源さんの部屋とは離れてしまう。こんなに仲良しなら、一緒がいいかな？それとも近くの別の部屋？
　じいじ達九条家は、皆で固まって近くの部屋にいる。斎さいと睦峯むつみねは結婚してるから二人で一緒の部屋で、じいじと生松いくまつと三郎さぶろうは一人ずつ。別の部屋でも、近くだと訪ねて行きやすいってじいじが言ってた。すぐに様子が分かっていいって。一緒に暮らしてる好きな人同士の中でも、特別に仲良しな人同士がいるってことは知ってる。壱臣いちおみと源さんも特別に仲良しなら、そんな風に近くがいいかな？でも、奥の方はあんまり部屋が空いてないんだよね。
　うちに来たばかりの半助は誰より気配に敏感だったから、二人の部屋は俺と緋色ひいろの部屋の近くで、人があまり通らない所だ。半助はちょっとおかしくなってて、どんな気配も知らんぷりできなくなってたから大変だったんだよね。入院してた時は全然寝られなかったみたいで、うちに来て、静かな部屋で壱臣いちおみと一緒に寝るようになってから、やっと落ち着いた。今も、ここで、壱臣いちおみさんと一緒にいるから寝ることができているんだと思います、って生松いくまつが言ってたからお部屋は動かせない。
　でも、うちは気配に敏感な人が多いから、人があまり通らない所は埋まってしまっている。
　困ったなあ、と考えていたら、半助の気配がした。

「臣おみ！」
「半助、待て」

　扉を開けて飛び込んできた半助の横にじいやが立つ。半助はぴたりと動きを止めて、壱臣いちおみと源さんの少し前で止まった。半助、源さんが知らない気配だったから、慌てて殺気出しちゃったのかな。じいやが止めてくれて良かった。あ、源さん凄い。壱臣いちおみを抱えたまま、いつの間にか片手に包丁を握ってる。持ってたの、それ？さすが、料理人。

「半助、おかえり」
「おかえり、半助」

　俺と壱臣いちおみが言うと、半助はふーっと息を吐いた。壱臣いちおみはたぶん、源さんの包丁にも気付いてない。いつも通りにおかえりって言った。たくさん泣いたから、目元が腫れちゃってて目が赤いところがいつも通りじゃないけど。

「ただいま帰りました」

　そう言いながら、半助は静かに一歩踏み出した。一生懸命、息を吸ったり吐いたりしてる。壱臣いちおみには分からないって分かってても、殺気は消したいよね。分かる。じいやが少し離れたから、もう大丈夫。

「臣おみ」

　半助の一つだけしかない左腕が壱臣いちおみの方へ向かって伸びると、壱臣いちおみが源さんの腕から抜け出した。
　あっという間に半助の腕の中に壱臣いちおみが入って、俺はなんだかほっとした。
　やっぱり、壱臣いちおみの一番は半助なんだなあ。