1,004 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え
128 養い子の行方 源之進
しおりを挟む
謁見の間からぞろぞろと出る人間たちの後ろを、足を引きずりついて歩きながら、ただただ呆然としている。
なんやこれ。なんや、これ。
何で、よその国へ来ていきなり国の一番偉いお人にご挨拶しとんや?だいたい、なんで皇子さまに連れられてこんな所におるんや?
まったくもって意味が分からない。
俺の仕事場は、下っ端の端っこの厨房やった。足を怪我して刀を包丁に持ち替えた後、調理師の免許は取ったが武門の恥やと家に見捨てられて名字を失った。名乗っても家に伝わることは無かったかもしれん。けどその頃は、馬鹿正直に名字は無いと言うて下っ端の端っこのとこに置いてもらうだけやった。家名を失っても城から出ることは考えられず、ただ九鬼家のために奉公しようとそこにいた。そう育てられたから。
けど、次第に城は、ほんまの主を見失いかけとった。九鬼を蔑ろにして贅沢をする奥方とその一族。上が贅沢した分、下っ端の使える金は減る。色んなもんでかさを増したり、普段なら捨てるようなところも全部使って、必死で下っ端の食べるものを作っとった。先の見えない生活。これは、ほんまに主家のためになっとるんやろかと不安ばかりが募る日々。下っ端の料理人風情に出来ることは限られており、詳しい内情を聞く術もない。
ある日、腹を空かしたぼろぼろの子どもを拾った。犬や猫を拾うかのように。城の中で、子どもが一人食べ物を探してさまよっとるなんておかしい、と今なら分かる。けど、その頃の必死に生きとる俺には気付けんかった。こんな厳つい愛想も無い男に懐く子どもが、段々可愛くなった。
ある日、子どもは頭に大怪我をして俺の元に逃げてきた。髪がずたずたに切られて、頭皮にも無数の切り傷がある。
何やこれ。
何や、これ。
髪を切るだけやなく、頭皮にあちこち傷を付けて二度と髪が生えないようにしたってのか?どんな鬼が、こんな酷いことを。
必死に手当てして、鬼のおるようなとこへは帰せん、自分が育てようと決めてから、初めて名前を聞いた。数字のいちを名に持つ子どもに動揺したが、元の場所に戻すことはどうしても考えられんかった。
自分に教えられることは料理だけ。生きる術としてこれ以上のもんはないやろ、と開き直る。平民の小学校や中学校にも通わせた。少しでも身を守れるように、と教えた護身術はちっとも身につかんおっとりした子どもやったけど、文字の読み書きや計算はしっかりできるようになった。髪は、伸ばして手入れする余裕もなく、生えるとこと生えんとこがあってみっともないから、いつも短く切っていた。
子どもが喜ぶから、と野菜や果物の端や皮を綺麗な形に切ってやった。見た目で誤魔化されて、くず野菜の料理を美味しい美味しいと食べよった。安上がりなやっちゃ。
子どももいつの間にか大きくなり、調理師の免許を取って、これで外に出ても生きていけるなあと安堵しとったある日。突然、あの子は、臣は消えた。何の書き置きもなく、そりゃもう忽然と。
心にぽっかり穴が開いたような日々。
殿様が頭を下げに来て、臣は生きとると聞くまで生きた心地はせんかった。生きとると伝えにきはったいう事は、生きとらん可能性もあったんやな、とぞっとした。けど、今一緒に仕事しとるという者に元気やと聞けたから、もうそれで満足や。
満足やったのに。
「源さん!源さん!」
抱きついて泣かれたら、また離れがたくなるじゃねえか。
なんやこれ。なんや、これ。
何で、よその国へ来ていきなり国の一番偉いお人にご挨拶しとんや?だいたい、なんで皇子さまに連れられてこんな所におるんや?
まったくもって意味が分からない。
俺の仕事場は、下っ端の端っこの厨房やった。足を怪我して刀を包丁に持ち替えた後、調理師の免許は取ったが武門の恥やと家に見捨てられて名字を失った。名乗っても家に伝わることは無かったかもしれん。けどその頃は、馬鹿正直に名字は無いと言うて下っ端の端っこのとこに置いてもらうだけやった。家名を失っても城から出ることは考えられず、ただ九鬼家のために奉公しようとそこにいた。そう育てられたから。
けど、次第に城は、ほんまの主を見失いかけとった。九鬼を蔑ろにして贅沢をする奥方とその一族。上が贅沢した分、下っ端の使える金は減る。色んなもんでかさを増したり、普段なら捨てるようなところも全部使って、必死で下っ端の食べるものを作っとった。先の見えない生活。これは、ほんまに主家のためになっとるんやろかと不安ばかりが募る日々。下っ端の料理人風情に出来ることは限られており、詳しい内情を聞く術もない。
ある日、腹を空かしたぼろぼろの子どもを拾った。犬や猫を拾うかのように。城の中で、子どもが一人食べ物を探してさまよっとるなんておかしい、と今なら分かる。けど、その頃の必死に生きとる俺には気付けんかった。こんな厳つい愛想も無い男に懐く子どもが、段々可愛くなった。
ある日、子どもは頭に大怪我をして俺の元に逃げてきた。髪がずたずたに切られて、頭皮にも無数の切り傷がある。
何やこれ。
何や、これ。
髪を切るだけやなく、頭皮にあちこち傷を付けて二度と髪が生えないようにしたってのか?どんな鬼が、こんな酷いことを。
必死に手当てして、鬼のおるようなとこへは帰せん、自分が育てようと決めてから、初めて名前を聞いた。数字のいちを名に持つ子どもに動揺したが、元の場所に戻すことはどうしても考えられんかった。
自分に教えられることは料理だけ。生きる術としてこれ以上のもんはないやろ、と開き直る。平民の小学校や中学校にも通わせた。少しでも身を守れるように、と教えた護身術はちっとも身につかんおっとりした子どもやったけど、文字の読み書きや計算はしっかりできるようになった。髪は、伸ばして手入れする余裕もなく、生えるとこと生えんとこがあってみっともないから、いつも短く切っていた。
子どもが喜ぶから、と野菜や果物の端や皮を綺麗な形に切ってやった。見た目で誤魔化されて、くず野菜の料理を美味しい美味しいと食べよった。安上がりなやっちゃ。
子どももいつの間にか大きくなり、調理師の免許を取って、これで外に出ても生きていけるなあと安堵しとったある日。突然、あの子は、臣は消えた。何の書き置きもなく、そりゃもう忽然と。
心にぽっかり穴が開いたような日々。
殿様が頭を下げに来て、臣は生きとると聞くまで生きた心地はせんかった。生きとると伝えにきはったいう事は、生きとらん可能性もあったんやな、とぞっとした。けど、今一緒に仕事しとるという者に元気やと聞けたから、もうそれで満足や。
満足やったのに。
「源さん!源さん!」
抱きついて泣かれたら、また離れがたくなるじゃねえか。
444
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる