【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

106 皇国一の看板  成人

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 もう一度、松吉まつきちの棒は、ひゅんという音を上げて常陸丸ひたちまるの体を打とうと動いた。

「はぁっ!」

 松吉まつきちはすごい。一度目のやり取りで、たぶん気付いたはずなんだ。次は捕まる。捕まってしまう。頭が、体が叫んでいるはずだ。逃げろ逃げろ逃げろ。松吉まつきちは強いから、気付かないはずがない。
 それでもいった。
 攻めた。
 これは命のやり取りじゃないと知っているから?自分の望んだ手合わせだから?分からない。分からないけど、きっと俺も、この場面で逃げたりはしないだろうなあ。逃げろと叫ぶ頭の中の何かを笑い飛ばして、体は前へ進むんだろう。きっと俺たちは、そういう生き物なんだ。
 戦場でなら、場合によっては逃げていたかもしれない。手合わせと戦場はだいぶ違うから。いや、最後の戦場で敵陣の奥深くに突っ込んだ俺が何言ってんだって話だけど。
 あの時はね。あの時は、もう終われるんだと少しほっとしてたから。…………。
 なんだろう。遠い昔の話みたいだ。
 ものすごい速さと力の乗った松吉まつきちの一撃は、それでも、ぶぉっと音を出した常陸丸ひたちまるの片手に、がっしりと掴まれた。

「ふんっ!」

 そのまま松吉まつきちごと棒が持ち上げられ、ぶんと振られる直前、自分で棒から手を離した松吉まつきちがくるりと回転して着地する。その喉元に棒の先が突きつけられた。

「参っ……た」

 言葉の途中でごくりと唾を飲んで、松吉まつきちは言った。両手を挙げて、はああと息を吐く。

「応」

 と、棒を下ろす常陸丸ひたちまるは息も乱れていない。
 常陸丸ひたちまる、すごいな。籠手こて、いらなかったな。
 弾かれるように鶴丸つるまるが走った。両手にちょっと重い舞踏用の剣を持って。

「一手ご教授願いたい」
「応」

 常陸丸ひたちまるが手にしていた棒を手放すと、それが合図だった。刃を潰した剣が、ひらりと常陸丸ひたちまるへ向かう。掴もうとした常陸丸ひたちまるの手をにゅるとすり抜けて常陸丸ひたちまるに当たる、と思った時、常陸丸ひたちまるはそのまま素早く前に出て鶴丸つるまるに体当たりした。体勢を崩した鶴丸つるまるが尻もちをつく。

「参った。くそ。一撃か」

 腕を使って飛ばさなかったのは、籠手が武器になってしまうから?常陸丸ひたちまるは武器を使わない、という約束を守ったんだ。
 やっぱりこれは、ただの手合わせ。

「流石、皇国一のお人や」
「情けないわ……」

 落ち込むことないよ、二人とも。そんなに時間をかけていないのは、二人が強かったからだ。

「皇国一、ねえ。まあ、うちには俺より強いのいるんすけどね」
「は?」
「はあ?」

 気にすることないよ、二人とも。じいじの方が強いことは、皆知ってることだから。
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