【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

102 約束は破っていない  成人

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「おおっ」

 二人は、ちょっと似てた。速い。武器は無しの、本当に手を合わせる手合わせにしたみたいで、ぱんっ、ぱんっとたまに体と体が当たる音がする。動きが速くて、あっちいったりこっちいったり、飛んだり跳ねたりする。
 鶴丸つるまる、凄い。力丸りきまるとこんなに長い時間やり合うなんて、やっぱり強い。

「あかん!つるさまっ!」

 松吉まつきちの声と同時に、鶴丸つるまるが吹っ飛んだ。力丸りきまるの裏拳の威力を逃がし切れなかったんだ。吹っ飛んだ先で、じいやが鶴丸つるまるの体を受け止めていた。じいやに掴まれた、と思った時にはもう鶴丸つるまるは、跳ねるようにじいやから離れて構えに戻っていたけど。

「わわわっ。すみません!」

 力丸りきまるが慌てて近寄ると、鶴丸つるまるが両手を挙げた。

「参った」
「あ、は、いや……」

 力丸りきまるが、ほうっと息を吐く。

「貴人相手に、つい本気に……」
「そうか。ほな嬉しい」

 吹っ飛ばされる直前、ちゃんと両腕を盾にしていた鶴丸つるまるは、おー痛てと腕をぷらぷら振る。うん、動かせるなら大丈夫。やっぱり強い。

「いいなあ。いいなあ」

 頭の手術をする前、俺も力丸りきまるとたくさん手合わせをした。屋敷に潜んでいる敵を、どちらがたくさん倒せるか競う鬼ごっこ遊びもした。楽しかった。力丸りきまるとの、またやろうって約束は、ずっと果たされないままだ。約束を忘れたふりで、俺たちは違う遊びをする。戦いたい訳じゃない。もう二度と戦場に戻りたくなんてない。でも時々、力丸りきまるとの約束を思い出す。またやろうって言ったのにごめんね。俺、速く動けなくてごめん。長く動けなくてごめん。
 汗を拭った力丸りきまるが、汗臭い手拭いを俺の頭にばさって乗せる。

「もー。力丸りきまる、もー」
「いつでもできる」
「……」
「俺たち、ずっと一緒にいるんだから、いつでもできる」
「知ってる……」
「お前の体力が戻ったら、毎日やるって決めてるから」
「ほう?何を?」

 近付いてきてた緋色ひいろが、低い声で言った。包拳礼をしようとする鶴丸つるまる松吉まつきちに、いらんと手を上げて言ってから、力丸りきまるの頭をその手で掴んだ。ぎゅうっと力を込めている。

「痛って。痛てててて。殿下、痛い」
「痛くしてるんだ、ばーか」
「なんで?なんでっすか?」
「ほう?分からないのか」
「心当たりがあり過ぎて、どれの罰だか分からない!」

 へ?そんなに謝らなくちゃいけないことがたくさんあったっけ?俺が疲れすぎたやつじゃないの?それは、ほら、俺も一緒に謝るからさ。

「いい度胸だ。でこ出せ」
「うう。どれ?どれだ?」

 力丸りきまる。あんまり言わない方がいいよ。何かそれ、緋色ひいろに知られてないのも全部、自分で言っちゃってるんじゃない?
 とりあえず、俺も一緒におでこ出しとこう。

緋色ひいろ。俺もごめんなさい」

 ちょっと。ちょっとだけ悲しくなってた気持ちが、どっかいっちゃった。力丸りきまる、ありがと。
 緋色ひいろも、迎えに来てくれてありがと。
 
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