【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

95 髪を切ったら  成人

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「恐れながら申し上げます」

 壱鷹いちたかが言った。

「後のことは、お任せ頂ければ、と」
「あ、うん」

 俺は少しほっとした。七宝しちほうは髪の毛の他にも、腕か目か足の一つを切った方がいいのかどうか、俺には分からなかったから。切るのが罰になるのかも、俺には分からない。 
 だって、俺も半助はんすけも、手が一つ無くても元気に生きている。時々、左手が欲しくなることはあるけど、無いから仕方ない。歳をとって髪の毛が生えてこなくなった人も知っているし、頭の手術をした時の俺にも髪の毛は無かった。髪の毛だって無くても生きていける。
 それなら罰って何だ?やってはいけないことをしたって事を分からせて、ちゃんと反省させるにはどうしたらいい?
 見可みか末良すえよしに教えるのとは、だいぶ違って難しい。

「そう難しく考えるな」

 緋色ひいろが、俺の短い髪をやわやわと撫でながら言った。

「当人たちが価値を感じているものを奪ったことは、充分な罰になる」
「そうか」

 俺と緋色ひいろが髪を切られても落ち込まないけど、この人たちはすごく落ち込んでるから充分に罰になるのか。

「だいたい、髪の短い者は罪人か身分の低い人間だと言うのなら、俺たちはこの国では最下層の人間ということになるな」
「あは。緋色ひいろが?」

 頭を下げる方の人ってことだよね?緋色ひいろが?

「そう、俺が」
「あはははは」

 最下層がどんなのかよく分からないけど、緋色ひいろが誰かにぺこぺこ頭を下げるなんて想像もできない。父さまや朱実あけみ殿下に頭を下げる時にも、組手の途中の動きみたいな感じで格好良く下げるのに。

「なるほど……」

 大成たいせいがぼそりと呟いた。ずっと黙ってそこにいたけど、もしかして、帰っていいよって言ってなかったから帰れなかったのかな。

大成たいせい、ごめん」
「は?」
「帰っていいよって言わなかったから帰れなかった?」
「いえ。おらしてもろて、大変、勉強になりました」
「そう?」

 それなら良かった。
 ん?勉強?勉強になったの?

七宝しちほう佐兵衛さへえ。その方、我が国の賓客に無礼を働いた罪許し難し。よって、断髪の上、蟄居申し渡す」
「……は」
「家督は嫡男に譲ることを許す。が、同じような所業を繰り返すようであれば、七宝しちほうの名は残らぬと心得よ」
「ははっ……」
「娘の方は、断髪のみとする。蟄居までは命じぬが、節度ある行動を心掛けよ。できぬようなら、表へ出すことまかりならぬ」
「は」

 七宝しちほうは大きな体を小さくして頭を下げた。杜若かきつばたは、ただうつむいている。二人とも後ろ手をテープで纏められているから、畳に額を付けたらもう起き上がれずにいた。
 俺にはよく分からなかったけど、七宝しちほうの罰は追加されたみたいだ。うん。杜若かきつばたより重くなったならいい。同じではおかしいから。
 どう違うのかは、後で説明してもらおう。勉強だ。そう、俺も勉強になった。

成人なるひと殿下」

 ん?俺?
 壱鷹いちたかに話し掛けられて背筋を伸ばす。と言っても、緋色ひいろの膝の上なんだけど。

「私は、少しずつ髪を短くしてみようと思います」
「え?」

 大事な大事な髪の毛を?

「こんなもん、ちょうどええくらいにしといたらええんや、って笑えるくらいになったら、おみに見せに行ってもええですか?」
「うん。いつでも来て」

 九鬼のお城に壱臣いちおみは来ない。でも、壱鷹いちたかがうちに来れば会えるから。だから、壱鷹いちたか壱臣いちおみに会いに来たらいい。
 その時、壱鷹いちたかの髪が短かったら、壱臣いちおみはどんな顔をするんだろう。
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