969 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え
93 答え 緋色
しおりを挟む
「そ、そ、そ、そんな……。だって、わた、わたくしは、そんな、何も!」
「何もしていないと言うのか。包拳礼を勝手に解いて立ち上がろうとしたのに?皇族を前にしてのその動き。即、首を切られてもおかしくはない。今、そうして生きていること、僥倖と思え」
「え……!」
なんだ?まさか、自らの行いに気付いていなかったのか?
「当たり前だろう?俺と俺の大切な伴侶への敬意を表す包拳礼を、勝手に解いたのだ。敬意に陰りありとみなすのは当然だ。その上、許可を得ずに立ち上がろうとした。害意を持ってこちらへ向かってくるものと判断されると、なぜ分からぬ」
ふんふん、と成人が真面目な顔で頷いている。そこに罪があると、しっかり気付いていたか。やるな。
「わ、わたくしは致しませぬ。そのような事致しませぬ。決して致しませぬ。お慕い申している殿下に、そのような事をする訳がございませぬ!」
必死で言い募る女に、気持ち悪さが込み上げる。この女は何を言っている?お慕い申している、だと?馬鹿か。
「初対面で、お慕い申している……ね。気持ち悪いな」
「お、お、お、お噂をお聞きし、お、お、思いを募らせて、おりました。ほ、ほ、本日、ついに、お、お会いすることができ、なんと素敵なお方かと、その、わたくしは……」
震えながらもそう言って目を伏せてみせたのは、なかなかの胆力かもしれん。
「嬉しくて震えてるの?」
成人が首を傾げている。
「そんな訳ないだろ。さて、自らの罪は分かったな。そろそろ無駄話は良いか?切るものは決めたか?」
「お慕いって何?」
「後で調べろ」
んー、と納得いかない声が聞こえるが、これを俺がお前に説明するのは堪らなく嫌だ。
「き、切らん!わたくしは、何も切らん!お父様!お父様!しっかりして!わたくしを助けて!」
のろのろと七宝佐兵衛の顔が上がる。
「髪を切るほどの……」
「お父様!髪を切るほどのことをわたくしはしとらん。髪がなくなってしもうたら、わたくしはもう生きていけん。髪は、髪は……」
俺が話している為、壱鷹と大成は座して成り行きを見守っている。
そうか、選んだか。
「左腕と左目を選ぶか。では、鼓与。外で刑を執行してこい。ここでは後始末が面倒だ」
「はっ」
その細い体のどこにそんな力が、と驚く素早さで、鼓与が女を肩に担ぎ上げた。
「いやっ!いやっ!いやあっ!やめっ、やめてぇっ!やめっ……。髪!髪に。髪を。髪っ!」
やはりな。そちらを選ぶと思っていた。
「え?なんで?」
ただ一人だけ、成人の真っ直ぐな疑問が部屋に響く。
「左腕と左目でいいって言ってあげたのに、なんで髪?」
「何もしていないと言うのか。包拳礼を勝手に解いて立ち上がろうとしたのに?皇族を前にしてのその動き。即、首を切られてもおかしくはない。今、そうして生きていること、僥倖と思え」
「え……!」
なんだ?まさか、自らの行いに気付いていなかったのか?
「当たり前だろう?俺と俺の大切な伴侶への敬意を表す包拳礼を、勝手に解いたのだ。敬意に陰りありとみなすのは当然だ。その上、許可を得ずに立ち上がろうとした。害意を持ってこちらへ向かってくるものと判断されると、なぜ分からぬ」
ふんふん、と成人が真面目な顔で頷いている。そこに罪があると、しっかり気付いていたか。やるな。
「わ、わたくしは致しませぬ。そのような事致しませぬ。決して致しませぬ。お慕い申している殿下に、そのような事をする訳がございませぬ!」
必死で言い募る女に、気持ち悪さが込み上げる。この女は何を言っている?お慕い申している、だと?馬鹿か。
「初対面で、お慕い申している……ね。気持ち悪いな」
「お、お、お、お噂をお聞きし、お、お、思いを募らせて、おりました。ほ、ほ、本日、ついに、お、お会いすることができ、なんと素敵なお方かと、その、わたくしは……」
震えながらもそう言って目を伏せてみせたのは、なかなかの胆力かもしれん。
「嬉しくて震えてるの?」
成人が首を傾げている。
「そんな訳ないだろ。さて、自らの罪は分かったな。そろそろ無駄話は良いか?切るものは決めたか?」
「お慕いって何?」
「後で調べろ」
んー、と納得いかない声が聞こえるが、これを俺がお前に説明するのは堪らなく嫌だ。
「き、切らん!わたくしは、何も切らん!お父様!お父様!しっかりして!わたくしを助けて!」
のろのろと七宝佐兵衛の顔が上がる。
「髪を切るほどの……」
「お父様!髪を切るほどのことをわたくしはしとらん。髪がなくなってしもうたら、わたくしはもう生きていけん。髪は、髪は……」
俺が話している為、壱鷹と大成は座して成り行きを見守っている。
そうか、選んだか。
「左腕と左目を選ぶか。では、鼓与。外で刑を執行してこい。ここでは後始末が面倒だ」
「はっ」
その細い体のどこにそんな力が、と驚く素早さで、鼓与が女を肩に担ぎ上げた。
「いやっ!いやっ!いやあっ!やめっ、やめてぇっ!やめっ……。髪!髪に。髪を。髪っ!」
やはりな。そちらを選ぶと思っていた。
「え?なんで?」
ただ一人だけ、成人の真っ直ぐな疑問が部屋に響く。
「左腕と左目でいいって言ってあげたのに、なんで髪?」
526
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる