【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

93 答え  緋色

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「そ、そ、そ、そんな……。だって、わた、わたくしは、そんな、何も!」
「何もしていないと言うのか。包拳礼を勝手に解いて立ち上がろうとしたのに?皇族を前にしてのその動き。即、首を切られてもおかしくはない。今、そうして生きていること、僥倖と思え」
「え……!」

 なんだ?まさか、自らの行いに気付いていなかったのか?

「当たり前だろう?俺と俺の大切な伴侶への敬意を表す包拳礼を、勝手に解いたのだ。敬意に陰りありとみなすのは当然だ。その上、許可を得ずに立ち上がろうとした。害意を持ってこちらへ向かってくるものと判断されると、なぜ分からぬ」

 ふんふん、と成人なるひとが真面目な顔で頷いている。そこに罪があると、しっかり気付いていたか。やるな。

「わ、わたくしは致しませぬ。そのような事致しませぬ。決して致しませぬ。お慕い申している殿下に、そのような事をする訳がございませぬ!」

 必死で言い募る女に、気持ち悪さが込み上げる。この女は何を言っている?お慕い申している、だと?馬鹿か。

「初対面で、お慕い申している……ね。気持ち悪いな」
「お、お、お、お噂をお聞きし、お、お、思いを募らせて、おりました。ほ、ほ、本日、ついに、お、お会いすることができ、なんと素敵なお方かと、その、わたくしは……」

 震えながらもそう言って目を伏せてみせたのは、なかなかの胆力かもしれん。

「嬉しくて震えてるの?」

 成人なるひとが首を傾げている。

「そんな訳ないだろ。さて、自らの罪は分かったな。そろそろ無駄話は良いか?切るものは決めたか?」
「お慕いって何?」
「後で調べろ」

 んー、と納得いかない声が聞こえるが、これを俺がお前に説明するのは堪らなく嫌だ。

「き、切らん!わたくしは、何も切らん!お父様!お父様!しっかりして!わたくしを助けて!」

 のろのろと七宝しちほう佐兵衛さへえの顔が上がる。

「髪を切るほどの……」
「お父様!髪を切るほどのことをわたくしはしとらん。髪がなくなってしもうたら、わたくしはもう生きていけん。髪は、髪は……」

 俺が話している為、壱鷹いちたか大成たいせいは座して成り行きを見守っている。
 そうか、選んだか。

「左腕と左目を選ぶか。では、鼓与こと。外で刑を執行してこい。ここでは後始末が面倒だ」
「はっ」

 その細い体のどこにそんな力が、と驚く素早さで、鼓与ことが女を肩に担ぎ上げた。

「いやっ!いやっ!いやあっ!やめっ、やめてぇっ!やめっ……。髪!髪に。髪を。髪っ!」

 やはりな。そちらを選ぶと思っていた。

「え?なんで?」

 ただ一人だけ、成人なるひとの真っ直ぐな疑問が部屋に響く。

「左腕と左目でいいって言ってあげたのに、なんで髪?」
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