【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

90 罰を考える 成人

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 綺麗でないけど綺麗どころって七宝しちほうが呼んでいる女の人が泣き始めた。
 え?なんで?なに、何?
 困って、きょろきょろしていたら、緋色ひいろがぽんぽんと背中を叩いてくれる。大丈夫ってことだ。何も心配ない、落ち着けって、緋色ひいろの手が言っている。
 うん。そうだよね。俺たち、何にも酷いこと言ってない。本当のことを言っただけ。

「おお、杜若かきつばた、泣かんでええ。お前はちゃんと綺麗やで。緋色ひいろ殿下。そりゃあんまりです。成人なるひと殿下が上げなさった美人は、国一番の美人と言われとる方々やないですか。皇家の秘宝と比べられたら、娘もたまったもんではありません。世間一般の常識の範囲で話してもらわんと困ります。成人なるひと殿下には、いま少し常識いう」
七宝しちほう!ええ加減にせえ!」
荘重むらしげ、切れ」

 壱鷹いちたかが大きな声を上げるのと、緋色ひいろが短く一言言うのが同時だった。
 七宝しちほうの髪の毛の、括ってある部分から先が切れた。結び目が解けて、残った髪の毛がはらりと七宝しちほうの顔にかかる。じいやは、切った髪の毛を一度手で持ってから、ゆっくりと七宝しちほうの目の前に落とした。黒々してて真っ直ぐで綺麗な髪の毛だ。よく手入れしていて艶々の長い髪の毛。切った後の髪も、六車むぐるま大角だいかくよりたくさん残っている。六車むぐるま大角だいかくは、切ってしまうと残りの髪が少なくてかわいそうだったけど、七宝しちほうはまだたくさんあるから良かった。

「あ。あああああああ!」

 わ。うるさい。
 首を竦めたら、緋色ひいろが俺の左の耳を左手で塞いでくれた。右手は、俺のお腹をぎゅって抱いてくれている。うん。大丈夫だよ。右の耳は塞がない。聞きたい。俺は色んなことを何でも知りたい。

「髪!髪が!あああ!」
「い、いやあああ!お父様!何故?何故ですか、殿下!何故このような酷いことを!」
「黙れ、杜若かきつばた!殿下の温情が分からんのか!」
「お、温情?お父様の髪、髪が切られたのに、温情?分かりませぬ!分かるわけがありませぬ、殿!」

 杜若かきつばたは、もう泣いていなかった。酷い、と泣いた時より酷いことが起こっているような気がするんだけれど、泣いていなかった。あれ?

杜若かきつばたの髪は切らなくていい?」
「切った方がいいと思うか?」

 緋色ひいろに聞かれて、俺は考えた。杜若かきつばたがした駄目なことは、勝手に包拳礼を解いたこと。髪の毛を切るのは、西の国ではだいぶ大きな罰だ。そこまで大きな罰でなくてもいいかもしれない。それ以外には泣いただけだし。泣くのは駄目ではなかった気がする。なんで泣いたのかはよく分からないけど。

「切らなくていいと思う」

 考えながら言ったら、緋色ひいろは少し笑って右手のぎゅっ、の力を強くした。うん。同じ考えなんだな。嬉しい。

七宝しちほうは、ものすごく駄目なことした?」

 緋色ひいろの目が、すっと細くなって前を向く。
 七宝しちほう杜若かきつばたが、びくっと大きく震えた。

「俺は、成人なるひとを侮辱する奴は絶対に許さない。安心しろ、髪の毛なんて幾らでも生えてくる。手も足も目もあるんだから、何も問題ない」
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