【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

86 あんまり好きじゃない  成人

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 あまーい。おいしい!
 ぱくりと半分かじった金魚のお菓子は、昨日食べたふわふわの餡のついたお菓子とちょっと味が似てる。でも、ふわふわじゃない分ちょっと違う。不思議。色で、味も少し違ったりするのかな?緋色ひいろの紅葉のお菓子は、どんな味だろう?

「菓子二つは食べ過ぎ」

 俺はまだ何にも言ってないのに、緋色ひいろが言った。緋色ひいろは、お菓子以外の食べ物は全部食べ終えていて、お酒をちょっとずつ飲んでいる。

「一口だけ」
「なら、金魚の残りは置いておけよ」
「ええー。やだ」

 だってまだ、金魚の描いてあるとこをかじってないのに。今から金魚は、俺のお腹で泳ぐんだ。
 
「はは。なら、今日は金魚だけにしておけ」

 むむ。でも、そうだなあ。
 悩んでいたら緋色ひいろの手が伸びてくる。宴会の時に抱っこは無しだよ、とお部屋を見たら、ご飯を食べ終わった人が少しずついなくなっていた。皆、こちらを向いて礼をして出ていく。あ。気付いてなくてごめんね。金魚ばかり見ていた。間に合った人にだけ、俺も頭を下げておく。
 ちょうど、鶴丸つるまる松吉まつきちが頭を下げて出ていく所で、俺はひらひらと手を振った。またね。また遊ぼうね。

「仲良くなったのか」

 笑って手を振り返してくれた二人を見て、緋色ひいろが言った。二人は、緋色ひいろにはもう一度丁寧に頭を下げて出ていった。

「うん、そう。うちに遊びに来てくれるって」
「へえ?」
「約束した」
「早いな」
「うん!あのね、松吉まつきちが」

 アイスクリームの話をしようとしたら、一人の男の人が近付いてきて平伏するのが見えた。さっき七宝しちほうの隣にいた、九鬼の家臣だ。俺は慌てて口を閉じる。緋色ひいろが、すっと目を細めた。

「なんだ?」
「発言の許可を頂きたく……」
「好きにしろ」
「はっ」

 男の人は、少し考えてから、一度頭を上げて包拳礼の形になった。それから口を開く。

六車むぐるま大成たいせいと申します。緋色ひいろ殿下と成人なるひと殿下へ直接謝罪の機会を頂きましたこと、大変に嬉しく思います」
「謝罪?」
「はっ。過日、妹と父母がご迷惑をおかけ致しました。誠に申し訳ございませんでした」
六車むぐるま……?ああ」

 緋色ひいろは一回首を傾げたけど、俺、すぐに分かったよ。椿つばきだ、椿つばき椿つばきが自分のこと、六車むぐるま椿つばきって言ってた。

椿つばき、元気?」

 少しだけ一緒に暮らした人。本当に少しだけだけど離宮うちにいたから、ちゃんと覚えてるよ。ちっとも仲良くはなれなかったけれど。

「元気では、ありません……が、生きています」
「そっか」

 髪の毛ないと元気になれないんだったっけ?まだ、そんなに伸びてないのかな?

「早く髪の毛が伸びるといいね」
「はっ。過分なお言葉を頂き、ありがとうございます。成人なるひと殿下からの温かいお言葉、必ず妹に伝えます」

 六車むぐるまが、包拳礼のまま深く深く頭を下げた時だ。

「やあやあ、これは六車むぐるま殿。お一人で殿下方への挨拶に向かわれるとは水くさい。是非、誘ってくだされよ」

 大きな体を揺らした七宝しちほうが、女の人を一人連れて、六車むぐるまの隣に座り込んでこちらを向いた。包拳礼をして、何がおかしいのか知らないけれど、がははと笑った。
 わざと大きくしているみたいな声は、あんまり好きじゃなかった。

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