【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
947 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

71 壱鷹の色んな顔  成人

しおりを挟む
 よく見えないような奥の方まで人がずらりと座って、それぞれの人の前に、お膳が大急ぎで並べられていった。思わず、

「すごーい」

 って言ったら、俺と緋色ひいろの横に座っている壱鷹いちたかが、ありがとうございますって言う。何でお礼を言われるのか分からずに首を傾げてしまった。

「よく揃えたな」
「元は弟の屋敷に仕えていた者たちが、頑張ってくれております。私には手持ちがありませんでしたので、弟や弐角にかくには大変な苦労をかけてしまいましたが、こうして、なんとか、この日を迎えることができ……」

 壱鷹いちたかは、途中から上手く話せなくなって口を閉じた。小さく、すみませんと言ってから小さな手拭いをたもとから取り出し、そっと目元に当てる。嬉しいの涙かな。今日はおめでたい日だから、多分そう。壱鷹いちたかは今日、泣いちゃうくらい嬉しいんだ。そうか、うん。良かった。
 それから俺は、自分の着物を見下ろした。袂、いいよね、袂。俺も、袂に小さな手拭いを入れてもらっている。赤い金魚の刺繍が入った、きれいな手拭いなんだ。緋色ひいろに見せたくてたまらないんだけど、取り出す理由がなくてまだ見せれていない。次に壱鷹いちたかが泣いたら、さっと取り出して貸してあげよう、そうしよう。袂は、何でも入りそうでわくわくしている。お品書きが出たら、入れて帰ろう。お土産だ。ああでも、今日は広末ひろすえ村次むらつぐも一緒に来ているから、いらないんだっけ?ええと、そうだ。壱臣いちおみだ。壱臣いちおみのお土産にしよう。

「訳の分からないことを言うな、壱鷹いちたか。弟も弐角にかくも、お前の手持ちだろう?お前のために動くのは当然のことだ」
「…………」

 緋色ひいろは、ぽかんと口を開けた壱鷹いちたかに、にやって笑う。

「ここはお前の国だ。お前の手持ちでないものなど何もない、そうだろう?」
「……は。はは。ははは」

 あ、壱鷹いちたかが今度は笑っている。うーん。これじゃ手拭いを取り出せないなあ。でもまあ、笑ってる方がいいよね。嬉しいの涙でも、泣いているとなんとなく、胸がぎゅってするから。

「連れて帰りたい者がいるんだが、交渉は可能か?」
「殿下?これ以上、手持ちを減らしたくはないんですが?」

 きり、とした顔に戻った壱鷹いちたかが、緋色ひいろに答える。

「ああー、いや、悪い。これに関して、人員的な交渉はできそうにない。引き換えは金か品物になるな」
「流石にその交渉は、殿下に分が悪いんでは?」
壱臣いちおみが、師匠にまだ習っていない手業があるから習いたいそうだ」

 壱鷹いちたかの細い目が、大きく見開かれた。そんなに開いたんだね。そっくりな壱臣いちおみの目がそんなに大きく開いたところ、見たことないなあ。

「まったく……」

 あれ?壱鷹いちたかはまた、目元を押さえる。手拭いの出番?

「殿下には、一生頭が上がりそうにありません」

 いつもお助け頂き、ありがとうございます、という声は、本当に小さく呟かれた。
 手持ちが減るのに、お礼を言ってる。そういうもんなの?壱鷹いちたかのお礼は分かりにくい。
 あ、そうだ。今、一ノ瀬が何人か配膳のお手伝いしてるから、それは助かってることの一つだといいな。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...