【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

66 報告会  村次

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緋色ひいろ、見て!きれい!」

 いつも離宮うちで食べるより色が白い味噌汁の中に入った赤い人参は、もれなく全て見事な花の形をしていた。これはすごい。あくまで味噌汁の具であるから小さ目の造形なのに、煮ても、その形が崩れることは無かった。
 源さん、やっぱすげえ。

「へえ」

 成人なるひとだけじゃなく、緋色ひいろ殿下も人参を持ち上げている。成人なるひとがはしゃぐからだけじゃなく、純粋に感心しているみたいだ。

「美味しい!」
「人参の味だろうよ」

 きれい、とうっとり眺めていた割りに、躊躇いなく口に入れた成人なるひとが言う。緋色ひいろ殿下は、淡々と味噌汁に人参を戻して、普通に汁をすすった。

「味噌も、かなり違うんだな」
「はい。殿下にはちいと甘いかもしれませんが、それなりに塩味も感じられたので、そのまま出してもらいました。手持ちの中でも、甘すぎねえもんを選んで作ってくれてるんだと思います」

 緋色ひいろ殿下の言葉に、師匠が頷く。よその城へ来てても、うちの食事はいつも通り。殿下方の泊まる広い部屋に座卓を出してもらい、全員で食卓を囲んでいる。
 明日は朝から婚姻式のため、歓迎の宴を開けず申し訳ない、と九鬼の殿様が仰っていた。本当は、連日、宴では成人なるひとの腹がもたないとご存知の上での配慮であるのだろう。座卓も、頼めばすぐに運び込んでくれた。

「美味しいよ」
「なる坊は好きだろ、これ。壱臣いちおみさんもたまには食べたいだろうし、この味噌を仕入れてもいいっすか、殿下?特別高いもんじゃ無かったっす」
「ん?成人なるひとが美味しいんだろ?仕入れとけ」
「ありがとうございます。あ、それともう一つ。」

 師匠は、包んでもらった特別な砂糖を座卓の上に広げる。

「この砂糖、特別な製法で作るので生産量が少ないらしいんですが、これも欲しいんです」
「少ないのか。うちでいる分だけ仕入れると、値が上がってしまうか?」
「そこが気になりますね。でも、少しずつでも欲しいっす。これで菓子を作ると、絶対ぜってぇ、なる坊が好きな甘さになるんで、色々試してみたいんすよね」

 あ、言い切った。師匠、あの砂糖気に入り過ぎだろ。確かに、ここの菓子はすっきりしたあと口が素晴らしかったが、その気に入ったあと口の大部分を担っているのがこの砂糖だと、師匠の舌的には感じているってことか。
 うーん。相変わらず、なんというか、いや、いいんだけど……。

「なら、生産者ごと囲い込むか。荘重むらしげ、時間ができたら調べてこい」
「御意。弐角にかくさまには話をお通しください」
「分かってる」
「俺、今日、おやつ食べてない」
「寝てたからな」
「デザートに出してもらう予定ですよ」
「やった」

 殿下……。ま、いいけど。
 あ、俺も欲しいもの、言っておこう。

「殿下。俺は料理人を一人、連れて帰りたいです」
「あ。炊き込みご飯の人参も葉っぱの形してる!すごい」

 成人なるひと、いいタイミングだ。

「この人参を、すごい早さで作る料理人なんですけど」

 殿下が、ふ、と笑う。

「もう作れるだろ」
「一回見ただけじゃ無理っすよ。すごく手が早いんすよ」
「へえ?」

 そりゃまあ、師匠はもう作れるだろうけど。作れないので、嘘は言っていない。でも、バレてるな、これ。

「わけアリか?」
「報告書、いります?」

 一ノ瀬の書式に則って、報告書を提出しましょうか?実は、本物を作成したことは一度も無いんだけれど。一応、書式の書き方は習っている。

「いらん。好きにしろ」
「ありがとうございます。では、後ほど口頭で」
「それでいい」

 源さん。今、壱臣いちおみさんには飾り切りの技が必要なんです。うちに、それをとても喜ぶあるじがいるんだから。
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