【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
939 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

63 緋色殿下んちの料理人  村次

しおりを挟む
「色々見させてもらいましたけど、どれも素晴らしい料理でしたよ」

 師匠が、真面目な顔で答えている。華やかな料理の正解が分からん、なんて謙遜しているが、この厨房の、飾り切りの技術や菓子の造形の繊細さ、食材が足りない時に、柔軟にあるもので対応していく技は見事だった。
 先日の、うちの披露宴料理は、師匠が、誰もが楽しんで、好みの品をちょうど良い量だけ食べられるように、と大皿に馴染みの料理を盛って好きに持ち出す形にしたが、今回のような見目麗しい華やかな披露宴料理も、一度はやってみたい。

「わはは。皇家の料理人にそう言って頂けると、自信が付きます。なあ、料理長?」
「ほんまやね」

 年嵩の料理人は、豪快に笑う。

「いやあ。俺なんて、ほら、皇家の料理人っつうか、まあ、緋色ひいろ殿下んちの料理人ってだけで。好きにやらせてもらってるから、そんな何にも、俺がこう言ったからって箔が付く訳じゃねえんだけど」

 緋色ひいろ殿下んちの料理人、という師匠の言い方に思わず笑いそうになってしまった。ちょっとその辺の金持ち貴族に雇われてる料理人、みたいな言い方じゃねえ?緋色ひいろ殿下んちの料理人ってつまり、皇家の料理人なんだよ、師匠。

「好きに……ですか。何かこう、皇家料理人ならではの決まり事とか、あったりせえへんのですか」

 料理長……棟太郎とうたろうさんの言葉に、あははと師匠は笑う。

「そんなのがあったとしたら、俺なんかが専属料理人なんてできてませんよ」
「皇城の方は色々な決まり事があるみたいですけど、離宮うちは無いんです。緋色ひいろ殿下が認めたら、というか、成人なるひと殿下が、美味しいと笑って食べられる料理を作れたら採用です」

 俺の言葉に、棟太郎とうたろうさんと年嵩の料理人が、へええと顔を見合せた。

「緩いんだか厳しいんだか分かんねえな」
「妃殿下を、大変に大切に思ってらっしゃるというあかしなのでは?」

 棟太郎とうたろうさんの言葉に、今度は俺と師匠が顔を見合せる。

「違いねえ」
「それは間違いない」

 ははは、と思わず笑い声がもれる。緋色ひいろ殿下はいつだって、成人なるひとが元気に楽しく過ごせることを一番に考えている。

「今は三人でやってます」
「三人?!」

 増えたことを告げたつもりが、すごく驚いた声を出された。

「え?それは、殿下方の食事だけ?」
「いえ。うちは使用人も皆、同じもんを同じ時間に同じ場所で食べます」
「へ?」
「こりゃまた……」
「だから、皇家のどうこう言われても実感湧かなくて」
「へええ。いや、緋色ひいろ殿下はお噂と違て、随分とくだけたお方なんですね。うちの若様と友人やと聞いて驚いとったけど、納得や」
「ああ」

 ただ、にっこり笑っておく。お噂通りの所もあるけど、ま、今言うことじゃないだろう。

「さて。もうひと仕事頑張りますか」
「そやな」

 立ち上がろうとした時に、一人の男が近付いてきた。どこか武骨な、俺が言うのもなんだが、料理人というより武門の者のような雰囲気の男。先ほどから、一人もくもくと果物の飾り切りを作っていた。とても繊細で速かった。

「あの」
「はい?」
「あれは、その、おみは、ちゃんとやっとりますか」

 師匠が、ええ、と破顔する。

壱臣いちおみさんがいないともう、うちの厨房は回りませんよ」
「そうか」

 男は、む、と口を引き結んで頷いた。潤んだ目を隠すように。
 ああ。この人か。
 壱臣いちおみさんの命の恩人は。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...