923 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え
47 激励 朱実
しおりを挟む
「ありがとう。料理長のその言葉を何より嬉しく思う。食事が楽しみになりそうで、ひどく心が弾んでいるよ」
私の言葉に料理長は立ち上がり、包拳礼をして深く頭を下げた。料理人たちが料理長に倣い、一斉に立ち上がって礼を取る。料理長や私の言葉に納得していない者が数名見受けられるが、礼を欠くことはなかった。やれやれ。これほど礼儀正しい集団が、何故、緋色と成人へ不敬を働いたのか。城の使用人の中に、どこか緋色を軽んじる風潮が生まれている、ということなのだろうか。
…………。
詳しく調査した方が良いのかな。緋色の耳に入らない程度にほどほどに、引き締めは必要かもしれない。
「これより後は、調理法や味付けを様々に試す過程が加わることとなる。苦労をかけるが、よろしく頼む。苦労して作った新しい味付けが、私や父上、母上、赤璃の口に合わないこともあるだろう。そのことを、今後は積極的に伝えていくつもりだ。その話を聞けば、そなたらは、良くない評価を受けたと考えるかもしれない。だが、怯むなかれ。それは、決して料理の不出来を責める言葉ではない。私たちの誰かの好みではなかったからといって、気に病む必要は全くないのだよ。そんなことはよくある事だ、と鷹揚に構えて、より良い味を追求してほしい。よいか。私たちの口に合わなかったからとて、責めているのではない、という事を、決して忘れるな。共に手を取り合い、満足のいく食卓を作り上げていこうではないか」
「はっ!」
料理人たちは、下げていた頭を更に深く下げた。
「皆の気持ちは、しかと受け取った。席に着いておくれ。折角の休憩時間に、堅苦しい話をして申し訳ないね」
「いえ、皇太子殿下」
料理長は、礼を解いて席に着きながら、ひたと真剣な眼差しをこちらへと向けてくる。
「殿下の御心、しかとこの身に受け止めました。私は、先ほどの誓いを、決して忘れることはないでしょう」
誓い。
ああ、そうか。
先ほどの、是非とも、お食事に関するご意見をお聞かせ頂けることを、厨房一同、首を長くしてお待ち致しております、との料理長の言葉は、私への誓いであったか。
思わず、口角が上がる。
大変に好ましい。
お前の仕事の邪魔になりそうな者は少しずつ取り除いてあげるから、安心して腕を奮っておくれ。
とはいえ、私がいては皆、礼儀正しいままのようだ。そろそろ、引き時かな。
「昨日、幾人か減った人員の補充のあてはあるのかい?」
「は。此度は、広く城下にも周知して、腕に覚えのある料理人を幾人か雇う心づもりでおります」
成る程。此度は、ということは、今までは、広く城下に周知することはなかったということか。狭い世界で、こうすれば城の料理人として雇われる、という教育を受けた料理人が、代々作り上げてきた味。
それを、母上のほんの一言が変えた。その一言を引き出したのは、離宮の料理。
もくもく、とわらび餅を食べる成人を見て、思わず笑みを深めてしまった。
「しばらくは、人手も少なく大変であろうが頑張ってほしい。それでは、私は失礼するよ」
私の言葉に料理長は立ち上がり、包拳礼をして深く頭を下げた。料理人たちが料理長に倣い、一斉に立ち上がって礼を取る。料理長や私の言葉に納得していない者が数名見受けられるが、礼を欠くことはなかった。やれやれ。これほど礼儀正しい集団が、何故、緋色と成人へ不敬を働いたのか。城の使用人の中に、どこか緋色を軽んじる風潮が生まれている、ということなのだろうか。
…………。
詳しく調査した方が良いのかな。緋色の耳に入らない程度にほどほどに、引き締めは必要かもしれない。
「これより後は、調理法や味付けを様々に試す過程が加わることとなる。苦労をかけるが、よろしく頼む。苦労して作った新しい味付けが、私や父上、母上、赤璃の口に合わないこともあるだろう。そのことを、今後は積極的に伝えていくつもりだ。その話を聞けば、そなたらは、良くない評価を受けたと考えるかもしれない。だが、怯むなかれ。それは、決して料理の不出来を責める言葉ではない。私たちの誰かの好みではなかったからといって、気に病む必要は全くないのだよ。そんなことはよくある事だ、と鷹揚に構えて、より良い味を追求してほしい。よいか。私たちの口に合わなかったからとて、責めているのではない、という事を、決して忘れるな。共に手を取り合い、満足のいく食卓を作り上げていこうではないか」
「はっ!」
料理人たちは、下げていた頭を更に深く下げた。
「皆の気持ちは、しかと受け取った。席に着いておくれ。折角の休憩時間に、堅苦しい話をして申し訳ないね」
「いえ、皇太子殿下」
料理長は、礼を解いて席に着きながら、ひたと真剣な眼差しをこちらへと向けてくる。
「殿下の御心、しかとこの身に受け止めました。私は、先ほどの誓いを、決して忘れることはないでしょう」
誓い。
ああ、そうか。
先ほどの、是非とも、お食事に関するご意見をお聞かせ頂けることを、厨房一同、首を長くしてお待ち致しております、との料理長の言葉は、私への誓いであったか。
思わず、口角が上がる。
大変に好ましい。
お前の仕事の邪魔になりそうな者は少しずつ取り除いてあげるから、安心して腕を奮っておくれ。
とはいえ、私がいては皆、礼儀正しいままのようだ。そろそろ、引き時かな。
「昨日、幾人か減った人員の補充のあてはあるのかい?」
「は。此度は、広く城下にも周知して、腕に覚えのある料理人を幾人か雇う心づもりでおります」
成る程。此度は、ということは、今までは、広く城下に周知することはなかったということか。狭い世界で、こうすれば城の料理人として雇われる、という教育を受けた料理人が、代々作り上げてきた味。
それを、母上のほんの一言が変えた。その一言を引き出したのは、離宮の料理。
もくもく、とわらび餅を食べる成人を見て、思わず笑みを深めてしまった。
「しばらくは、人手も少なく大変であろうが頑張ってほしい。それでは、私は失礼するよ」
496
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる