922 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え
46 これでよし 朱実
しおりを挟む
「皇太子殿下。発言をお許し頂けますか」
料理長の横に座る者が、声を上げた。
「申せ」
にこやかに頷けば、決意を秘めた顔をこちらへと向けてくる。昨日は休みだった班の責任者だな。一応の情報は頭に入れてある。
「ありがとうございます。佐波但木と申します。浅慮にて、ご発言の意図を解することができませず、お尋ねすることをお許しください。その、こちらの品の試食は、どのような意図でなされているのでありましょうか」
「さて?試食とは、味の具合を確かめることであろう?他に何の意図があろうか」
「味の具合、でございますか……?しかし……」
一応、弁えてはいるらしい。だがまあ、逃がしはせぬ。私はもう、知ってしまった。知ってしまえば、知らぬ頃へ戻れはせぬものだ。人とは、そういうものだろう?
言い淀む男へ柔らかい笑みを意識して向ければ、ぐ、と決意した様子を見せ、更に口を開いた。
「私は、幸運にも、いと尊き方々のお食事を供することができる栄を賜り、長年、こちらの厨房で腕を磨いて参りました。如何にして、この厨房に残された至高の献立を、指南書通り寸分違わず作り上げるか、そのことに心血を注いで参ったつもりでございます。そして、それを成し遂げて参りました。これからも、私の技はそうして磨かれてゆくことでしょう。なれば、このように、至高の献立に含まれていない品をこの厨房で口にすることに、どのような意味があるのかを理解できませぬ」
この厨房に残された献立を、指南書通り寸分違わず作り上げることが正解……。なるほど。なるほど……!
ようやく腑に落ちた。これまでの食事が、誰の口にもあわなかったのは何故なのか。
「ふむ……?」
「どういう意味?」
私としては、理解できぬことが理解できぬので、首を傾げてみせる。と、隣でわらび餅と茶を堪能していた成人が、同じように首を傾げてみせた。
「この料理人は、この厨房に指南書が残る献立しか作らない、と宣言したのだよ。もし私がこれを美味しいと言っても、作ってはくれないそうだ」
「ええー?」
驚くだろう?
お前は、絵本に出てくる食べ物を注文して作ってもらったり、旅先で気に入った食べ物を伝えて作ってもらったりしているのだから。料理人というのは、こんなものが食べたい、と注文したら作ってくれる凄い人、と認識しているのだろう?この食べ物が美味しいから作ってほしい、と言って断られるなんて、想像したこともないに違いない。
まあ私も、食事について何か述べてもよいのだということを、ほんの数日前まで知らなかったのだがね。
「今回のこれは、残念ながらあまり好みではなかったが、私は、離宮の献立の中に、大変好みの品がたくさんあるよ。母上のように、私もこれからは注文してみようと思っていた。そのための研修も行われ、責任者も決まったと聞いて喜んでいたのだよ。こうして、離宮のおやつを試食する機会があるのは、皆にとっても技術向上のために良いと考えたのだが、私は考え違いをしていただろうか」
少し目を伏せて気落ちした声を出すと、ごく近くの席に座る料理長が慌てた顔をみせた。
「皇太子殿下、発言をお許しください」
「ああ、もちろん」
「殿下は、何も考え違いなどなさってはおられません。是非とも、お食事に関するご意見をお聞かせ頂けることを、厨房一同、首を長くしてお待ち致しております」
言質は取ったからね。
料理長の横に座る者が、声を上げた。
「申せ」
にこやかに頷けば、決意を秘めた顔をこちらへと向けてくる。昨日は休みだった班の責任者だな。一応の情報は頭に入れてある。
「ありがとうございます。佐波但木と申します。浅慮にて、ご発言の意図を解することができませず、お尋ねすることをお許しください。その、こちらの品の試食は、どのような意図でなされているのでありましょうか」
「さて?試食とは、味の具合を確かめることであろう?他に何の意図があろうか」
「味の具合、でございますか……?しかし……」
一応、弁えてはいるらしい。だがまあ、逃がしはせぬ。私はもう、知ってしまった。知ってしまえば、知らぬ頃へ戻れはせぬものだ。人とは、そういうものだろう?
言い淀む男へ柔らかい笑みを意識して向ければ、ぐ、と決意した様子を見せ、更に口を開いた。
「私は、幸運にも、いと尊き方々のお食事を供することができる栄を賜り、長年、こちらの厨房で腕を磨いて参りました。如何にして、この厨房に残された至高の献立を、指南書通り寸分違わず作り上げるか、そのことに心血を注いで参ったつもりでございます。そして、それを成し遂げて参りました。これからも、私の技はそうして磨かれてゆくことでしょう。なれば、このように、至高の献立に含まれていない品をこの厨房で口にすることに、どのような意味があるのかを理解できませぬ」
この厨房に残された献立を、指南書通り寸分違わず作り上げることが正解……。なるほど。なるほど……!
ようやく腑に落ちた。これまでの食事が、誰の口にもあわなかったのは何故なのか。
「ふむ……?」
「どういう意味?」
私としては、理解できぬことが理解できぬので、首を傾げてみせる。と、隣でわらび餅と茶を堪能していた成人が、同じように首を傾げてみせた。
「この料理人は、この厨房に指南書が残る献立しか作らない、と宣言したのだよ。もし私がこれを美味しいと言っても、作ってはくれないそうだ」
「ええー?」
驚くだろう?
お前は、絵本に出てくる食べ物を注文して作ってもらったり、旅先で気に入った食べ物を伝えて作ってもらったりしているのだから。料理人というのは、こんなものが食べたい、と注文したら作ってくれる凄い人、と認識しているのだろう?この食べ物が美味しいから作ってほしい、と言って断られるなんて、想像したこともないに違いない。
まあ私も、食事について何か述べてもよいのだということを、ほんの数日前まで知らなかったのだがね。
「今回のこれは、残念ながらあまり好みではなかったが、私は、離宮の献立の中に、大変好みの品がたくさんあるよ。母上のように、私もこれからは注文してみようと思っていた。そのための研修も行われ、責任者も決まったと聞いて喜んでいたのだよ。こうして、離宮のおやつを試食する機会があるのは、皆にとっても技術向上のために良いと考えたのだが、私は考え違いをしていただろうか」
少し目を伏せて気落ちした声を出すと、ごく近くの席に座る料理長が慌てた顔をみせた。
「皇太子殿下、発言をお許しください」
「ああ、もちろん」
「殿下は、何も考え違いなどなさってはおられません。是非とも、お食事に関するご意見をお聞かせ頂けることを、厨房一同、首を長くしてお待ち致しております」
言質は取ったからね。
501
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる