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第八章 郷に入っては郷に従え
42 礼儀正しさと疑念 朱実
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目配せをすると、侍従の七伏が軽く頭を下げて動く。厨房へ足を運ぶと予め告げておいたため、情報を頭に入れてきたとみえる。迷いなく歩いて、一つの扉をこつこつと叩いた。応えを聞き、中へと入っていく。
後は任せるとしよう。
「力丸。矢渡だよ」
「お。新しい友だちか。こんにちは。泉門院力丸です。皇太子殿下の近衛隊所属です。成人……あー、成人さまの親友です」
「あ、あの、とも、ともだち……?」
「そうそう」
ほう。友だち。成人が名前で呼ぶ者。なるほど。
「ひ、ひえ。あの、こ、光栄で……。いえ、はい。こ、こんにちは。公里矢渡です。厨房勤務です。よろしくお願いします!」
「ああー。その声、知ってるぞ。うちの厨房にちょっとの間いたろ、な?」
「は、はい?うち?」
「ああ。離宮だよ、離宮。俺、離宮住まいだから」
うちね、うち。……力丸や一ノ瀬は、私が緋色と袂を分かつ時、どちらに付くのだろうね?
ま、いらぬ妄想だ。
「皇太子殿下。よろしければ、こちらにお掛けください」
成人の大切なわらび餅を置いている大きな机の前に、椅子が用意された。七伏が入っていった部屋へ案内されるかと思ったが、まあ良いだろう。そんなに長居するつもりはない。
今なら、ただ一言が届くような、そんな気がする。
「ありがとう。では遠慮なく」
隣に成人の席も準備される間に、七伏が入った扉から幾人もの料理人が飛び出してきた。
「皇太子殿下と成人殿下に、厨房を代表して、料理長を拝命しております万代八代がご挨拶申し上げます」
料理長の正式な挨拶と共に、後ろに並んだ料理人たちが一斉に包拳礼をした。成人の側にいた若手三人も、列の後ろへ移動して礼を取る。私の隣で、成人が、ぱちぱちと右目を瞬かせた。ひょっこりと遊びにきたつもりがこんなことになって、驚いているのだろう。時間を合わせてしまってすまないね。私だけだと、どうしてもこのようになってしまって話しづらいものだから、少し緩衝材となっておくれ。
「楽にしてよい。突然の訪問となり、すまない。少し話がしたいのだが、構わないだろうか」
「は。ご訪問頂き、至極光栄にございます」
一斉に礼をし礼を解く様子は、流石皇城勤務である。皇族が訪ねる事がほとんど無くとも、礼儀は弁えているとみえる。……ならば、昨日の不敬の輩は、余程私の可愛い弟たちを蔑ろにしていたということなのかな?しっかりと自分で、確認しなければならない案件ではあるね。
「皆、席へ着いてくれ」
立礼なのは、膝をつくと汚れがつくから。料理人ならではの決まり。厨房へ足を運ぼうとなどと、幼い時分から考えたこともなかったので、今回調べて初めて知った。作業中は、手を止めなくともよいこともまた、当然と言えば当然のこと。わざわざ決まりとして書いてあるということは、過去には、厨房へ足を運ぶ奇特な皇族がいたのかもしれない。
後は任せるとしよう。
「力丸。矢渡だよ」
「お。新しい友だちか。こんにちは。泉門院力丸です。皇太子殿下の近衛隊所属です。成人……あー、成人さまの親友です」
「あ、あの、とも、ともだち……?」
「そうそう」
ほう。友だち。成人が名前で呼ぶ者。なるほど。
「ひ、ひえ。あの、こ、光栄で……。いえ、はい。こ、こんにちは。公里矢渡です。厨房勤務です。よろしくお願いします!」
「ああー。その声、知ってるぞ。うちの厨房にちょっとの間いたろ、な?」
「は、はい?うち?」
「ああ。離宮だよ、離宮。俺、離宮住まいだから」
うちね、うち。……力丸や一ノ瀬は、私が緋色と袂を分かつ時、どちらに付くのだろうね?
ま、いらぬ妄想だ。
「皇太子殿下。よろしければ、こちらにお掛けください」
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今なら、ただ一言が届くような、そんな気がする。
「ありがとう。では遠慮なく」
隣に成人の席も準備される間に、七伏が入った扉から幾人もの料理人が飛び出してきた。
「皇太子殿下と成人殿下に、厨房を代表して、料理長を拝命しております万代八代がご挨拶申し上げます」
料理長の正式な挨拶と共に、後ろに並んだ料理人たちが一斉に包拳礼をした。成人の側にいた若手三人も、列の後ろへ移動して礼を取る。私の隣で、成人が、ぱちぱちと右目を瞬かせた。ひょっこりと遊びにきたつもりがこんなことになって、驚いているのだろう。時間を合わせてしまってすまないね。私だけだと、どうしてもこのようになってしまって話しづらいものだから、少し緩衝材となっておくれ。
「楽にしてよい。突然の訪問となり、すまない。少し話がしたいのだが、構わないだろうか」
「は。ご訪問頂き、至極光栄にございます」
一斉に礼をし礼を解く様子は、流石皇城勤務である。皇族が訪ねる事がほとんど無くとも、礼儀は弁えているとみえる。……ならば、昨日の不敬の輩は、余程私の可愛い弟たちを蔑ろにしていたということなのかな?しっかりと自分で、確認しなければならない案件ではあるね。
「皆、席へ着いてくれ」
立礼なのは、膝をつくと汚れがつくから。料理人ならではの決まり。厨房へ足を運ぼうとなどと、幼い時分から考えたこともなかったので、今回調べて初めて知った。作業中は、手を止めなくともよいこともまた、当然と言えば当然のこと。わざわざ決まりとして書いてあるということは、過去には、厨房へ足を運ぶ奇特な皇族がいたのかもしれない。
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