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第八章 郷に入っては郷に従え
41 緊張と緩和 朱実
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「失礼するよ」
様々に考えた末、護衛と侍従を一人ずつだけ連れて厨房を訪ねることにした。昼食後から夕刻まで休憩の時間であることも、今、成人が厨房を訪ねてきていることも把握済みだ。
「皇太子殿下!」
声を掛けただけで戸を開けさせたから、振り向いた料理人が大きな声を上げて驚いたことも、予想通り。大きな声を上げた男と、共にいた若い二人の料理人が、慌てて包拳礼の形を取るのへ、鷹揚に手を挙げる。
「ああ。楽にしてくれ。突然、すまないね」
「はっ」
深々と頭を下げてから、恐る恐る包拳礼を解く三人の横で、成人がぺこりと頭を下げた。近くで、半助も頭を下げる。揺らめく、中身のない右袖。くくった艶のある髪からのぞく項が美しい。表情の読みにくい美貌や細身の体が護衛として好みであったのに、持っていかれてしまったのは悔しいことだ。もともと成人の拾い物だと言われれば、それまでなのだが。
私の連れてきた力丸と七伏が、ほわりと口元を緩めて成人へ視線を向ける。力丸はともかく、私の侍従とまで、いつの間にか友好を築いているのだから恐れ入る。まったくこの義弟は、油断ならない。
「朱実殿下。こんにちは」
「こんにちは、成人。うちの厨房にいるなんて珍しいね」
本日、皇城の厨房へ訪ねてきて何をしているのかまではまだ、把握していなかった。知っているのは、昨日の顛末だけだ。厨房では、大改革とでも言うべき事件が起こっていたらしい。三人、解雇されて、一人は引退、ということになったようだ。引退とはいえ実質解雇。退職金は、払われないこととなった。監視役の一ノ瀬が、緋色と成人への不敬を許せなかったらしい。定年での退職という形をとってやることにも不満だった様子が、淡々と書かれているはずの文書からも読み取れた。なかなかの文才だな。
「矢渡と八代に、お土産持ってきたんだ。今日の俺のおやつ」
手元にあるのは、わらび餅……か?きな粉がかかっておらず、きらきらと光っている。形状はわらび餅に見えるが、私の知るわらび餅はきな粉がけなので、違うのかもしれない。離宮の料理人の作る料理は、予測のつかない楽しさがある。皇城とは真逆のものだ。
「それは何かな?」
「わらび餅!」
「へえ。私の知っているわらび餅とは、少々違うようだ」
やはりわらび餅。けれど、周辺にもきな粉は見当たらない。
「俺、きな粉苦手だから、広末が蜜をかけてくれた。美味しい」
「おや。もう味見したの?」
「まだ。でも、美味しい」
ぷっと笑ったのは、力丸だ。
「力丸、何?」
成人が首を傾げて、力丸を見上げる。仕事中の力丸は、すました顔に戻って成人を見ていた。
「力丸、構わないよ」
声を掛けると、力丸はまた、ぶはっと笑う。まあ、城の中だ。そんなに気を張る必要もあるまい。
「今から食べる時は、美味しそうって言うんだよ」
ぎゃはは、と笑う力丸に、成人がむう、と口を尖らせた。
「食べなくても美味しいの!」
「あー、はいはい」
その場の皆がほっこりと笑う。場が和んだのは良いが、これでは話が進まぬな。
様々に考えた末、護衛と侍従を一人ずつだけ連れて厨房を訪ねることにした。昼食後から夕刻まで休憩の時間であることも、今、成人が厨房を訪ねてきていることも把握済みだ。
「皇太子殿下!」
声を掛けただけで戸を開けさせたから、振り向いた料理人が大きな声を上げて驚いたことも、予想通り。大きな声を上げた男と、共にいた若い二人の料理人が、慌てて包拳礼の形を取るのへ、鷹揚に手を挙げる。
「ああ。楽にしてくれ。突然、すまないね」
「はっ」
深々と頭を下げてから、恐る恐る包拳礼を解く三人の横で、成人がぺこりと頭を下げた。近くで、半助も頭を下げる。揺らめく、中身のない右袖。くくった艶のある髪からのぞく項が美しい。表情の読みにくい美貌や細身の体が護衛として好みであったのに、持っていかれてしまったのは悔しいことだ。もともと成人の拾い物だと言われれば、それまでなのだが。
私の連れてきた力丸と七伏が、ほわりと口元を緩めて成人へ視線を向ける。力丸はともかく、私の侍従とまで、いつの間にか友好を築いているのだから恐れ入る。まったくこの義弟は、油断ならない。
「朱実殿下。こんにちは」
「こんにちは、成人。うちの厨房にいるなんて珍しいね」
本日、皇城の厨房へ訪ねてきて何をしているのかまではまだ、把握していなかった。知っているのは、昨日の顛末だけだ。厨房では、大改革とでも言うべき事件が起こっていたらしい。三人、解雇されて、一人は引退、ということになったようだ。引退とはいえ実質解雇。退職金は、払われないこととなった。監視役の一ノ瀬が、緋色と成人への不敬を許せなかったらしい。定年での退職という形をとってやることにも不満だった様子が、淡々と書かれているはずの文書からも読み取れた。なかなかの文才だな。
「矢渡と八代に、お土産持ってきたんだ。今日の俺のおやつ」
手元にあるのは、わらび餅……か?きな粉がかかっておらず、きらきらと光っている。形状はわらび餅に見えるが、私の知るわらび餅はきな粉がけなので、違うのかもしれない。離宮の料理人の作る料理は、予測のつかない楽しさがある。皇城とは真逆のものだ。
「それは何かな?」
「わらび餅!」
「へえ。私の知っているわらび餅とは、少々違うようだ」
やはりわらび餅。けれど、周辺にもきな粉は見当たらない。
「俺、きな粉苦手だから、広末が蜜をかけてくれた。美味しい」
「おや。もう味見したの?」
「まだ。でも、美味しい」
ぷっと笑ったのは、力丸だ。
「力丸、何?」
成人が首を傾げて、力丸を見上げる。仕事中の力丸は、すました顔に戻って成人を見ていた。
「力丸、構わないよ」
声を掛けると、力丸はまた、ぶはっと笑う。まあ、城の中だ。そんなに気を張る必要もあるまい。
「今から食べる時は、美味しそうって言うんだよ」
ぎゃはは、と笑う力丸に、成人がむう、と口を尖らせた。
「食べなくても美味しいの!」
「あー、はいはい」
その場の皆がほっこりと笑う。場が和んだのは良いが、これでは話が進まぬな。
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