【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

40 笑顔の食卓  朱実

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「美味しかったあ」

 すました顔で自室へ戻り、扉を閉めると、赤璃あかりはぱっと笑顔を弾けさせた。デザートの辺りでかなり崩れてはいたが、赤璃あかりなりに堪えていたらしい。

「そうだな」

 異存は無かったので笑顔と同意を返せば、赤璃あかりはむむ、と眉をしかめる。

「何よ、冷静ね」
「いや。かなり驚いているよ」
「そう?」
「そう」

 そう。かなり驚いている。一生変わることはないと思っていた城の料理の味付けが、変わっていたのだから。本当に、ごく幼い頃から、決して変わることの無かったもの。美味しいだろう、美味しいよな、間違いなく美味しい、とひたすら訴えるかのように、必ず寸分違わず決まった味と食感、見た目で出てきていた料理が、そうではなくなっていた。
 確かに、今までにも食べたことのあるあれだ、と分かるのに、違う。なんというか、そう、もう少しこうだったらかなり好みなんだが、と思っていたそのの部分が、突然かちりと調整されたかのように合っていた、そんな感覚。具体的にどうだというわけではないし、料理の味のことなどよく分かりはしないが、皇城うちでないどこかで食べて、ああ、これは好きだな、と思った時の味が、きちんと反映されているような、そんな……。
 ああ、そうだ。今日の料理は、まるで離宮の。
 そこまで考えて、ふと思い当たる。
 赤璃あかりが喜んだ、広末ひろすえ制作のデザート。あれが出ていることがおかしい。皇城うちの料理人たちは、あの男を酷く忌避していたはずだ。名字も持たず、調理師免許も持っていなかったあの料理人を、決して皇城うちの厨房に立ち入らせたくない、と頑なであった。
 あの男が、緋色ひいろの庇護の下、名字を得て、調理師免許をあっさりと取得した後も、何かと理由をつけて厨房へ立ち入らせようとはしなかった。免許を持ったとて、平民が立ち入れる場所ではないと、厨房を間違えて配達された品の交換に来ただけの広末ひろすえを威圧していたとの報告は、幾度か受けている。先日の、離宮の面々の結婚式と披露宴を皇城ですること、その際の料理作成に皇城の厨房を使用することについて、少し揉め事があったとも聞いている。
 その広末ひろすえのデザートを、私たちの食卓に出した?しかもそのことを告げる料理長は、どこか誇らしげであった。まるで、尊敬する者を褒められて喜ぶかのような……。
 そういえば、と頭の片隅に押しやっていた情報が出てくる。母上がぽつりとこぼした、披露宴で食べた卵焼きがもう一度食べたい、とのひと言で、二人ほどが離宮の厨房に研修に行くことになったと報告があった。離宮の文字を見てじっくりと読んだが、特に自分に関係する話とは思えず、そのまま忘れていた。
 忘れたまま、突然出てきた昨日の昼食の卵焼きは、とても母上の望んだ卵焼きとは思えぬ品で、母上ががっかりしていたものだ。しかし、もう一度挑戦とばかりに出てきた今日の昼の品は、よく出来ていた。まさに、離宮の卵焼きであった。よく習ってきた者がいたということなのだろう。褒めてやっても異を唱える者はあるまい、と思える出来栄えであった。
 研修の話も、いくら母上の要望とはいえ、よく通ったものだ。離宮の面々は気にしないだろうが、うちの料理人たちが、簡単には納得しなかった事だろう。足を運んで、格下と考えている者に教えを乞うなど、よくできたものだ。
 今日の昼のあの卵焼きがその答え。そして、今日の食卓が研修の成果だと言うのなら、一度厨房へ足を運んで、功労者を褒めてやっても構うまい。

「明日も、美味しいものが食べられるかしらね」

 赤璃あかりが楽しげに笑う。

「ああ、きっとね」

 きっと、明日からの食卓も今日のようであるような、そんな気がするよ。
 
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