【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
914 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

38 一ノ瀬は見た 3

しおりを挟む
「お前は、何を言っている?」
 
 口を開いたのは、休憩室から出てきた男たちの一人。この厨房で、最も年齢が高いように見える。定年間近の重鎮か?料理長にはなれなかった男、ということか。そういえば八代やつしろは、歴代の料理長の中でも若い部類なのではないだろうか。まだ五十には届いておるまい。急な護衛、監視業務だったから、城の厨房の者の情報を仕入れる暇が無かったのが悔やまれる。まあ、離宮うちの料理長が無事に、機嫌良く帰ることができたら上々としよう……。城の厨房のごたごたなんて、離宮うちには関係ないもんな。あ、いや、皇太子殿下あるじのためにはしっかりと見ておくべきなのか?
 
「何って、料理の作り方について尋ねてるんですが」
「やはり、指南書を読めぬのか?」

 くく、と楽しそうな笑い声。

「よいか。その指南書の通りに作れば、至高の一品ができあがるのじゃ。味付け、煮るための時間、食材の切り方に至るまで、最も良いと判断されたことが記してある。それ以上の品はない。それが、城の献立の指南書なのじゃ。我らは、先達せんだつの残したその至高の一品を、如何に忠実に作り上げることができるかに心を砕かねばならぬ。それが分からぬ手伝いなど、邪魔でしかない。ね」

 うわあ。何か、古い人だ。こう、古いものが良いみたいに思ってる人。最近の若い奴はってすぐ言う感じの人。こいつが、味くらべで茶皿を選んだんじゃねえ?まさか見た目で茶皿って書いたんでは?皇妃殿下が食べたいと仰っただし巻き玉子と似ていない、と判断された茶色の皿の玉子焼きは、形は最も整っていた。だし巻き玉子は、今にも崩れそうな柔らかさが美味い食べ物だから、まだ作り慣れていない矢渡やとのは、少し形が悪かったからな。

「とくいね?」

 広末ひろすえさんが首を傾げている。貴族言葉かな、とか思ってんのかな。誤解しないでくれよ。名字持ちの貴族だって、今時そんな言葉使わねえよ。

「こんなことも分からぬのか」

 笑ってるの、あんたと横の年配の二人だけだから。他の若い料理人たちも首を傾げてるから。

「早く立ち去れと言っておる。指南書が読めねば、猫の手より役には立たん」
「へええ。あ、いや、指南書が読めねえ訳じゃねえですよ。この国では、誰だって学校に通わせてもらえるんですから。ありがたいことです。だから大丈夫なんですが、ええっと、至高の料理?そのまんま作る?いやいや、そりゃまあ、よりたくさんの人が美味しいって言う料理はあるでしょうが、ここは大衆食堂じゃねえんですよ。数少ない、尊いお方へのお料理をお作りできる名誉を頂いたんです。個人のお好みを把握して作って差し上げるのが、当たり前ってもんでしょ?で、この料理の味付けでは皇太子殿下には甘すぎるから、ちょっと甘味を控えめにしましょうって話です。その時、陛下のお好みはどうなんだと気になって聞いているだけで、何もおかしなこたぁ言ってねえですよ?使用人たち向けの大鍋は、この配分になさったらいいと思うし。けど、あれだ。そういうのも、何回か作って、人気かどうか見極めて味の具合を変えてくもんでしょ?働いてる人間はどんどん変わっていくんだから、ずっと味の好みがおんなじ人間がいる訳じゃなし、今のところこれが人気だってだけの話ですよね?」

 ぽかんと口を開ける、この国最高の腕を持つはずの料理人たち。何故、そんな反応が返ってくるのかと困っている広末ひろすえさん。

「至高の一品に手を加えるなどと、これだから物知らずの平民は!これは、百年前のみかどが大層お褒めくださり、未来永劫城の献立として残すようにとのお言葉まで述べられた究極の一品であるのだぞ!その配合や煮具合を変えるなどと、なんと罰当たりな!」

 あまり興奮すると、血管切れちまうぞ、じじい。

「……え?いや。その百年前の陛下?が、すんごくお好みだった献立ってだけですよね?今の陛下がお好みかどうか、聞いてみないと分かんないじゃないですか。ちょっと甘いって思ってるかもしれませんし」
「へ、陛下も、皇太子殿下も、特に何も仰られたことはないのだが……」

 城の料理長が、おずおずと口を開く。

「あ、そうなんです?んー。でも、朱実あけみ殿下、緋色ひいろ殿下と味の好み似てるでしょ?緋色ひいろ殿下ほどじゃないけど、甘すぎるの苦手ですよね?」
「…………」

 一体どちらが専属料理人か分からんな。

 

しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...