【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
909 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

33 楽しく料理がしたい  広末

しおりを挟む
矢渡やとさんは、とても優秀な料理人ですよ。そうやって、頭を押さえつけるような育て方は向かねえ。まあ、誰にでも、いきなり怒鳴りつけるようなやり方はよろしくねえです」

 おお。すんごい顔で睨まれた。どうにも俺は、お貴族様の料理人に受けが悪い。何を言っても、言わなくても睨まれちまう。言わなくても睨まれるなら、言いたいことは言っておこうか、と最近は思っている。
 昔はな。二条家にいた頃は口を開けば命が危なかったから、とにかく頭を下げて急所に力を込めて、暴力で致命傷を受けないようにとそればっかり気にしてたけど。
 何か、色々あったよなあ。名字無しの、似たような環境の人間が住む辺りの食堂に働きに出て、店長が好きにさせてくれるもんで、楽しく色んなもん作ってたら評判になって……。評判になり過ぎて、お貴族様に拐われちまったってんだから、どんな読み物の主人公なんだって話だ。
 二条家に拐われてから、家に連絡することもできなかった。生き残ることに精一杯。家族は、俺はもうこの世にゃいねえと諦めてたもんな。泉門院せんもんいん家に、姫様や斑鹿乃むらかの吉野よしのさんと寄せてもらえた後で、一回家に帰らせてもらった時、お化けでも見たかのように悲鳴を上げられた。ひでえよな。ま、そのあと皆で抱き合って大泣きしたんだが。
 その後はまあ、楽しいばかりの日々だ。うん。たまあに、何でこうなったかなぁって思うこともない訳じゃねえが、姫様は元気だし、嫁と子どもは可愛いし、言うことねえ。
 こうして、お貴族様ご身分の料理人やらに絡まれた所で、へりくだる必要もなくなった。何せ今では俺にも名字はあるんだし、上司は必ず俺を守ってくれるしな!緋色ひいろ殿下は、俺の知る限り最高の上司だ。やりたい事をやらせてくれて、上手くいったら褒めてくれて、何か困ったことがあったら絶対ぜってぇ助けてくれる。なる坊の食べられるもんを作るって任務も、やり甲斐しかねえ!楽しくて仕方ねえなあ!
 
「貴様……。平民風情が、無礼な口を」

 ぎりぎりと歯噛みされても困る。俺だって、それなりに礼儀は弁えてるよ?殿下もなる坊も、離宮の皆様は、皆優しいから無礼だっていちいち言動を咎められたりしねえけど、上司に相応しい人間になりたいんだから、自然と背筋は伸びるよな。人間、そんなもんだ。尊敬できる相手に出会ったら、礼儀なんて自然とついてくる。できる範囲で礼は尽くしてるつもりだ。

「身分を持ち出すなら、俺の方が上じゃねえかな。これでも、緋色ひいろ殿下の住まいの厨房を任された料理長なんだが。ご存知ねえですか?」

 知らねえ訳ねえよな?離宮の仲間の、合同結婚式からの披露宴を城で開催したのは、ついこの間だ。あん時、ここの厨房と料理人の手を借りたんだから、全体の責任者として指示してた俺を知らねえ訳ねえだろ?
 ああ。それとも、あれか。
 絶対に手伝いたくないって参加しなかった何人かの料理人のうちの一人、いや二人があんたらか。
 いや、参加してなくても知らねえ訳ねえなあ。矢渡やとさんともう一人、安次嶺あじみねさんが離宮うちに研修に来てたんだから、来ない人もそん時に、研修先の責任者の名前くらい聞くだろう?平民、平民って言ってるってことは、俺のことをよくよく知ってるってことだよな。
 参ったな。
 せっかく同じ、美味しい料理が作りたいって志を持った料理人仲間なんだからさ、仲良く料理できたらいいのに。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...