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第八章 郷に入っては郷に従え
32 二番弟子と兄と兄 広末
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こちらを上から下まで眺めた相手は、名乗りもしない。特に何か言うわけでもないので、こちらから、ふいと顔を逸らした。矢渡さんをいきなり怒鳴りつけたことは納得いかないが、わざわざそれを指摘して波風立てる気はない。美味しい料理は、いがみ合っていては作れねえ。こちらは挨拶したし、あちらさんが何も言わねえなら、もういいだろ。
「何をしに来た?」
調味料の棚を改めて確認していると、低い声が問う。あれ?言ってなかったか?
「あ。こりゃ失礼。緋色殿下に頼まれて、こちらの手伝いを」
「……いきなり来て勤まるほど、簡単な仕事ではない」
「でしょうね。だから、俺が寄越されたんでしょう」
あまりに急な話だからな。二人ほどクビにしたから後は頼む、と殿下は仰っていた。やれやれ。何をしたらクビになるんだ?なる坊の喉が詰まるようなものを作って、食べさせたのか?……いや。そりゃクビどころじゃねえな。なる坊が一口食べて、美味しくない、と言うようなものを作った?いくら殿下でも、それでクビはねえか。
ん?じゃ、どんくらいがクビなんだ?
「ずいぶんな自信だな」
おっと、ここは離宮じゃねえ。気を抜いてたら、面倒臭いことになる。
「緋色殿下が、行ってきてくれ、と俺にお願いされたんです。殿下は、できないことを人にお願いする方ではございません。俺ができるから、行ってきてくれとお願いされた。なら俺は、全力で殿下のお願いにお応えするまで」
当たり前のことを当たり前に答えれば、相手の眉がぎゅうう、と真ん中に寄った。
なんだ、この反応?よく分かんねえなあ。
「おい、満男。まだ休憩時間は終わっていない。扉を閉めろ」
扉の向こうから、声がもう一つ。ああ、そこ、休憩室ですか。なら、他にも人が休んでるんすね?てか、今、休憩時間なら、矢渡さんも休憩時間なんじゃないんすかね?
「兄上」
もう一人出てきた男は、先ほどから話している相手より少し背が低いが、どちらもなかなかの体格をしている。ま、隣で困った顔をしている矢渡さんが、一番でかいんだが。
「手伝いが来たらしい」
「手伝い?はっ。できる訳がなかろう」
「いや、それが……」
じろりとこちらを見ている。また自己紹介か。面倒臭いな。
「こんにちは。錫ヶ瀬広末です。手伝いに参りました」
「広、末……」
おーい。俺、今回はしっかり名字言ったよな。結局それかー。
「兄上たち。先ほどから名乗りもせず、師匠、あ、いえ、広末さんに失礼です」
「兄上?」
「ええ。私の兄の志雄と満男です」
「へえ」
そう言われてみれば、どことなく似ていないこともねえが、言われるまで気付かなかった。表情の違いで、似た造作の顔もずいぶん違うように見えるもんだ。
「兄弟で城の料理人たあ、ずいぶん優秀な一族なんだなあ」
「……いえ。先ほど、父が緋色殿下に不敬を働き、解雇されました。誠に申し訳ないことでした」
「不敬……?」
料理の件でクビになったんじゃねえの?
「ま、矢渡さんにはお咎めなしってことは、お父上の失敗なんだ。風当たりはキツくなるかもしんねえけど、矢渡さんは矢渡さんの仕事をこなしてりゃ大丈夫さ。あんたは見込みがある。料理長だって簡単には手放さねえだろ」
「師匠……!」
ああ、うん。まあ、いいか。俺のこと、そんな風に慕ってくれる奴なんてそうそういねえし。二番弟子ってことでいいか。
あれ?兄上たち、額に青筋立ててるぞ。どうした?
「矢渡……!城の料理人としての矜恃も失ったか」
何が逆鱗に触れたんだか。お貴族様の考えは、ほとほと分からねえ。
「何をしに来た?」
調味料の棚を改めて確認していると、低い声が問う。あれ?言ってなかったか?
「あ。こりゃ失礼。緋色殿下に頼まれて、こちらの手伝いを」
「……いきなり来て勤まるほど、簡単な仕事ではない」
「でしょうね。だから、俺が寄越されたんでしょう」
あまりに急な話だからな。二人ほどクビにしたから後は頼む、と殿下は仰っていた。やれやれ。何をしたらクビになるんだ?なる坊の喉が詰まるようなものを作って、食べさせたのか?……いや。そりゃクビどころじゃねえな。なる坊が一口食べて、美味しくない、と言うようなものを作った?いくら殿下でも、それでクビはねえか。
ん?じゃ、どんくらいがクビなんだ?
「ずいぶんな自信だな」
おっと、ここは離宮じゃねえ。気を抜いてたら、面倒臭いことになる。
「緋色殿下が、行ってきてくれ、と俺にお願いされたんです。殿下は、できないことを人にお願いする方ではございません。俺ができるから、行ってきてくれとお願いされた。なら俺は、全力で殿下のお願いにお応えするまで」
当たり前のことを当たり前に答えれば、相手の眉がぎゅうう、と真ん中に寄った。
なんだ、この反応?よく分かんねえなあ。
「おい、満男。まだ休憩時間は終わっていない。扉を閉めろ」
扉の向こうから、声がもう一つ。ああ、そこ、休憩室ですか。なら、他にも人が休んでるんすね?てか、今、休憩時間なら、矢渡さんも休憩時間なんじゃないんすかね?
「兄上」
もう一人出てきた男は、先ほどから話している相手より少し背が低いが、どちらもなかなかの体格をしている。ま、隣で困った顔をしている矢渡さんが、一番でかいんだが。
「手伝いが来たらしい」
「手伝い?はっ。できる訳がなかろう」
「いや、それが……」
じろりとこちらを見ている。また自己紹介か。面倒臭いな。
「こんにちは。錫ヶ瀬広末です。手伝いに参りました」
「広、末……」
おーい。俺、今回はしっかり名字言ったよな。結局それかー。
「兄上たち。先ほどから名乗りもせず、師匠、あ、いえ、広末さんに失礼です」
「兄上?」
「ええ。私の兄の志雄と満男です」
「へえ」
そう言われてみれば、どことなく似ていないこともねえが、言われるまで気付かなかった。表情の違いで、似た造作の顔もずいぶん違うように見えるもんだ。
「兄弟で城の料理人たあ、ずいぶん優秀な一族なんだなあ」
「……いえ。先ほど、父が緋色殿下に不敬を働き、解雇されました。誠に申し訳ないことでした」
「不敬……?」
料理の件でクビになったんじゃねえの?
「ま、矢渡さんにはお咎めなしってことは、お父上の失敗なんだ。風当たりはキツくなるかもしんねえけど、矢渡さんは矢渡さんの仕事をこなしてりゃ大丈夫さ。あんたは見込みがある。料理長だって簡単には手放さねえだろ」
「師匠……!」
ああ、うん。まあ、いいか。俺のこと、そんな風に慕ってくれる奴なんてそうそういねえし。二番弟子ってことでいいか。
あれ?兄上たち、額に青筋立ててるぞ。どうした?
「矢渡……!城の料理人としての矜恃も失ったか」
何が逆鱗に触れたんだか。お貴族様の考えは、ほとほと分からねえ。
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