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第八章 郷に入っては郷に従え
30 料理人のひとりごと 広末
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おやつの時間に緋色殿下に呼ばれるなんて、珍しいこともあるもんだ、とお部屋に顔を出せば、
「忙しいところ、済まない」
と、謝られた。ソファに座ってくつろぐ緋色殿下の腕の中では、なる坊が寝息を立てている。
済まないってんなら、理由はこっちじゃねえかな、殿下。おやつの時間になる坊寝かしちゃ、駄目じゃないですか。
「構わねえですけど、どうしたんです?」
今日のおやつは、つるつるぷるぷるの葡萄ゼリー。とっくに冷蔵庫で冷やしてあるから、今する事は配るだけ。何にも忙しくはない。
甘すぎるものを好まない緋色殿下も、こういった品は食べられる。殿下用に砂糖を控え目に作れば、なる坊と一緒に、美味しいなと仰って召し上がっている。作りがいがあるというものだ。おやつは基本的に、一回の食事でたくさん食べる事ができないなる坊や乙羽さまのために作っているんだが、どうせ作るなら、美味しいと言ってくれる人が一人でも多いといい。万人に受ける料理などないけれど、顔が見えて、話もできる相手に作ることができる幸運に俺は恵まれてるんだから、その相手には、美味しいと食べてもらいたいもんだ。
今日の葡萄ゼリー、砂糖控え目のものは朱実殿下もお好きそうだな、とふと思う。うちに来られた際の食べ物の好みが、緋色殿下とよく似ていらっしゃったようだから。また、離宮にお越しになられる予定が分かったら、このゼリーを出せるように準備しておこう。
忙しいだろう、済まない、と緋色殿下はたまに仰ってくださるが、最近は、本当になんてこたあない。そりゃもう、以前は目の回る忙しさだったが、誰かに手伝ってもらうとか、一緒に作業するってのが壊滅的に下手な俺には、一人で好きにしていい、金も好きに使っていい、なんて言ってもらえる職場は、天国でしかなかった。食べてくれる相手の顔がしっかり見られて、好きな人が雑用の手伝いをしてくれる環境に、文句なんてあるはずがない。こんなに楽しくて、給料ももらっていいんですかい?とこちらが言いたかったくらいだ。その上、衣食住の保証もされてる、ときたもんだ。
なる坊が拾ってきた壱臣さんは、本当の意味で、遠慮なく一緒に作業できた初めての料理人だったし、荘重さまが連れてきてくれた村次は、初めて、あんたが何を言いたいのか、何を言っているのか分からない、と言わなかった弟子だ。
たぶん物凄く説明の下手な俺の説明を根気よく聞いてくれて、この間ついに、調理師の免許を取得してきてくれた。免許受験一回目、史上最年少の誉れ付きで。そんな凄い村次が免許取得後に、どんな修行をしたかと聞かれて、師匠の手業をよくよく見たんです、なんて言ったもんだから、弟子入りしたいと声を掛けられることが増えている。まあ、指導どころか、誰かと共に作業することが苦手な俺に教えられることなんて、そんなに無いから困ってしまうんだが。あれは、ただ村次が凄いだけなんだ。
とりあえず今は、あの二人と作業できるのが楽しくて、幸せだ。無かった休みも、交代に取ることができているし。厨房の見習い志願の東那も、耳が聴こえにくいっていうハンデはあるが、真面目で一生懸命だ。
俺は、幸せな職場を思い浮かべるだけで、にこにこしちまう。
今日も、良い日だな。
「すまん、広末。今日、今から、城の厨房へ手伝いに行ってきてくれぬか」
良い日だったな。
「忙しいところ、済まない」
と、謝られた。ソファに座ってくつろぐ緋色殿下の腕の中では、なる坊が寝息を立てている。
済まないってんなら、理由はこっちじゃねえかな、殿下。おやつの時間になる坊寝かしちゃ、駄目じゃないですか。
「構わねえですけど、どうしたんです?」
今日のおやつは、つるつるぷるぷるの葡萄ゼリー。とっくに冷蔵庫で冷やしてあるから、今する事は配るだけ。何にも忙しくはない。
甘すぎるものを好まない緋色殿下も、こういった品は食べられる。殿下用に砂糖を控え目に作れば、なる坊と一緒に、美味しいなと仰って召し上がっている。作りがいがあるというものだ。おやつは基本的に、一回の食事でたくさん食べる事ができないなる坊や乙羽さまのために作っているんだが、どうせ作るなら、美味しいと言ってくれる人が一人でも多いといい。万人に受ける料理などないけれど、顔が見えて、話もできる相手に作ることができる幸運に俺は恵まれてるんだから、その相手には、美味しいと食べてもらいたいもんだ。
今日の葡萄ゼリー、砂糖控え目のものは朱実殿下もお好きそうだな、とふと思う。うちに来られた際の食べ物の好みが、緋色殿下とよく似ていらっしゃったようだから。また、離宮にお越しになられる予定が分かったら、このゼリーを出せるように準備しておこう。
忙しいだろう、済まない、と緋色殿下はたまに仰ってくださるが、最近は、本当になんてこたあない。そりゃもう、以前は目の回る忙しさだったが、誰かに手伝ってもらうとか、一緒に作業するってのが壊滅的に下手な俺には、一人で好きにしていい、金も好きに使っていい、なんて言ってもらえる職場は、天国でしかなかった。食べてくれる相手の顔がしっかり見られて、好きな人が雑用の手伝いをしてくれる環境に、文句なんてあるはずがない。こんなに楽しくて、給料ももらっていいんですかい?とこちらが言いたかったくらいだ。その上、衣食住の保証もされてる、ときたもんだ。
なる坊が拾ってきた壱臣さんは、本当の意味で、遠慮なく一緒に作業できた初めての料理人だったし、荘重さまが連れてきてくれた村次は、初めて、あんたが何を言いたいのか、何を言っているのか分からない、と言わなかった弟子だ。
たぶん物凄く説明の下手な俺の説明を根気よく聞いてくれて、この間ついに、調理師の免許を取得してきてくれた。免許受験一回目、史上最年少の誉れ付きで。そんな凄い村次が免許取得後に、どんな修行をしたかと聞かれて、師匠の手業をよくよく見たんです、なんて言ったもんだから、弟子入りしたいと声を掛けられることが増えている。まあ、指導どころか、誰かと共に作業することが苦手な俺に教えられることなんて、そんなに無いから困ってしまうんだが。あれは、ただ村次が凄いだけなんだ。
とりあえず今は、あの二人と作業できるのが楽しくて、幸せだ。無かった休みも、交代に取ることができているし。厨房の見習い志願の東那も、耳が聴こえにくいっていうハンデはあるが、真面目で一生懸命だ。
俺は、幸せな職場を思い浮かべるだけで、にこにこしちまう。
今日も、良い日だな。
「すまん、広末。今日、今から、城の厨房へ手伝いに行ってきてくれぬか」
良い日だったな。
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