【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
903 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え

27 知らないの?  成人

しおりを挟む
「さて。うちの素晴らしい料理長の話は、こんなもんでいいか?理解できないなら、しなくていい。決してたどり着けない高みだと、指をくわえて見ておけばいいさ。俺は、うちの飯は国で一番美味しい、と吹聴して回るから」
「ふふ」

 緋色ひいろの言葉に、笑ってしまう。
 ずっと、世界で一番美味しかったよ。俺の中では、ずっとずっと広末ひろすえのご飯が一番だ。あ、いや。広末ひろすえ壱臣いちおみ村次むらつぐのご飯が一番!ん?一番は一人だけ?
 あー、ええっと。
 じゃあ、やっぱり俺も。

「うちのご飯は、世界で一番美味しい」

 緋色ひいろが、にやって笑う。

「大きく出たな」
「俺の世界で、一番美味しい!」
「おや。あまり、大きくなくなってしまったぞ」

 ん?そう?
 緋色ひいろは、すっかりいつもの顔になった。朱実あけみ殿下の真似は、おしまい?
 厨房の空気が、ふと緩む。違うのに。緋色ひいろ緋色ひいろになったんだから、怒られてる相手は緊張してなくちゃいけない。緋色ひいろは、緋色ひいろの大事なものしか守らない。

「そこの。茶色の皿の。お前、俺の政策に意見があるのだったか」

 俺、知ってる。緋色ひいろはね、本当は名前覚えてるんだよ。でも、安次嶺あじみねのこと名前で呼ぶ気がないんだ。

「は。ははっ」
「字も碌々書けない奴に免許を渡すのは反対、だったか。お前、馬鹿か?読み書きできなければ、そもそも試験に受かるまい」
「が、学のない平民に免許を渡すのは反対、と言いました」
「知らないのか?我が国は中学まで義務教育だ。制度上、学のない平民など存在せぬ」
「そ、それなら、何故今まで……」
「お前みたいな選民意識の強い馬鹿が作った、馬鹿馬鹿しい制度なんだろうよ」
「我が国は問題なく、これまでの制度で運営されておりました。だというのに、殿下は何故、伝統を蔑ろにされるのか」

 え?安次嶺あじみね、すごいな?緋色ひいろや父さま、朱実あけみ殿下たちがしているお仕事に何か意見を言えるくらい、そのことを知ってるんだ。料理の勉強と、国の運営の勉強?もしてたってこと?すごいよ!

「はははっ。一介の料理人如きに、我が国の運営を語られるとはな。これまでの制度で問題なく?ではお前、聞くが車の免許はあるか?」
「は?」
「車の免許だ」
「と、当然、所持しております」
「では明日より、市井の乗り合いの運転手になれ」
「は?」
「乗り合いバスだよ。町で走っているだろう?時間になれば停留所へ来てくれて、次の停留所に止まってくれる、あれだ。くるくると町の中を走っているだろう?庶民の大切な足だ」
「仰っている意味がよく……」
「免許持ちが少ないから、運転手が不足している。庶民のために、運転して回れ」
「な、な、な……」

 安次嶺あじみねは、目を吊り上げて顔を真っ赤にした。

「わ、私が?誇り高き安次嶺あじみね家の人間が何故、庶民の足とならねばならぬのです?!」
「言ったろう?運転手が不足している、と。明日から仕事がなくては食っていけぬだろうと、仕事を斡旋してやっているんだ」
「私は!料理人です!」
「ふーん。では、どこぞの厨房で雇ってもらうか?言っておくが、高位貴族の屋敷や高級食堂には通達を出すぞ。公里くり安次嶺あじみねが何故、城の厨房をクビになったかを文書で流す。料理人の間で瞬く間に噂は広がるだろうな」
「え……」

 安次嶺あじみねは、今度は青くなった。公里くりも、顔を真っ青にしている。え?想像していなかったの?

「当たり前だろう?で、先程の乗り合いの話だ。免許持ちが皆、庶民の足になどならぬ、と言うから運転手が不足しているんだよ。そんなこと言わない運転手を増やして何が悪い?今まで困っていた事案を解決しようとしている俺の政策に不満があるというなら、それに代わる良い案を出してくれ」
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...