899 / 1,321
第八章 郷に入っては郷に従え
23 食べる人のために作る 成人
しおりを挟む
「料理長。発言の許可を」
前の方に座っている一人が手を挙げる。公里かな?もう一人の公里。
「許す」
「結果は、言わば僅差でした。この結果を受けてのその任命は早計かと。いえ。もちろん、うちの息子が評価されることは喜ばしいのですが、しかし、あやつのことをよく知っておる私からすれば、不安を感じます」
「僅差であることがおかしい、と私は思っている。そして、矢渡のことなら私もよく知っている。任せて問題ない、と判断した」
「息子への過分な評価、痛み入る。しかし、若輩に過ぎよう。こうしたら如何か?あやつを責任者とするのではなく、もう少し腕前が上の者を責任者として、あやつが料理の作成をするのだ」
「なんで?」
思わず口から出ていた。
だって、意味が分からない。作れない人が責任者ってどういうこと?
「成人殿下。殿下にはお分かりにならないかもしれませんが、矢渡が責任者などと、そんな無責任なことはとてもとてもできないのでございます」
どういうこと?
お分かりにならないよ。だって、ここにいる人たちの中でだし巻き玉子を作れるのは矢渡だけ。一人だけなんだよ?なら、矢渡が担当で、責任者になるのは当たり前。なのに、作れない誰かが責任者なの?
「作れない責任者は何をするの?」
「しっかりと仕上がっているか見張……いえ、確認致します」
「作れないのに?」
「仕上がりを見ることはできましょう。それに、指南書さえあれば、作れぬものなどございません」
「安次嶺、できなかった」
俺が言ったら、安次嶺が、がたりと立ち上がった。
「で、ですから!それは、指南書に問題が」
「指南書では表せぬ繊細な部分を習ってこいと、私は言ったはずだ!そうだな、矢渡!」
「はい!大変に有意義な研修でございました!」
「料理長。私とて、研修を蔑ろにした訳では……」
「では、お前の実力が矢渡よりも足りなかったのだ」
「そんな訳がない!」
「皇妃殿下が認めたのは矢渡の品。はっきりと、これが食べたかったのよ、と仰ったのだ。お前のは、違った。違うと仰った」
「しかし、指南書のない料理を作れとは……」
まだ言ってる。ねえ、自分で考えて作ったりはしないの?食べる人の顔を思い浮かべて、作ったりはしないの?
「今回は、指南書だけでは作れぬ品を作れるようになるための研修だった。広末の手業を間近で見られる最高の機会だったんだぞ?出来うるなら、私が行きたかったというのに……」
八代は、ふうう、と長く息を吐く。
ん?そうなの?
「八代もうちに来たいの?」
「ええ、成人殿下。私は、広末を尊敬しております。その天才的な料理の腕や舌だけでなく、心根も。……私は、成人殿下が皇城にお食事に来られる際に、殿下が楽しめる食事を提供することができないことを気に病んでおりました。どの指南書に書いてある料理なら、成人殿下のお口に合うのかと必死で探したけれど、分からなかった」
え?そうだったんだ?
「ありがと」
「え?」
「俺のために、ありがとね」
「は。いや、あの、私は未だ、殿下のお口に合う料理を作ることができておらず……」
「んー。でも、ありがと」
「は」
一度、頭を下げた八代は、きりっとした顔で料理人たちを見渡した。
「広末は言った。食べてくれる相手のことを真剣に考え、その人と話してみれば、何を作ればいいかなんて自然と浮かんでくる、と。それを作ればいいのだと。私は、そんな気持ちを久しく忘れていたよ」
前の方に座っている一人が手を挙げる。公里かな?もう一人の公里。
「許す」
「結果は、言わば僅差でした。この結果を受けてのその任命は早計かと。いえ。もちろん、うちの息子が評価されることは喜ばしいのですが、しかし、あやつのことをよく知っておる私からすれば、不安を感じます」
「僅差であることがおかしい、と私は思っている。そして、矢渡のことなら私もよく知っている。任せて問題ない、と判断した」
「息子への過分な評価、痛み入る。しかし、若輩に過ぎよう。こうしたら如何か?あやつを責任者とするのではなく、もう少し腕前が上の者を責任者として、あやつが料理の作成をするのだ」
「なんで?」
思わず口から出ていた。
だって、意味が分からない。作れない人が責任者ってどういうこと?
「成人殿下。殿下にはお分かりにならないかもしれませんが、矢渡が責任者などと、そんな無責任なことはとてもとてもできないのでございます」
どういうこと?
お分かりにならないよ。だって、ここにいる人たちの中でだし巻き玉子を作れるのは矢渡だけ。一人だけなんだよ?なら、矢渡が担当で、責任者になるのは当たり前。なのに、作れない誰かが責任者なの?
「作れない責任者は何をするの?」
「しっかりと仕上がっているか見張……いえ、確認致します」
「作れないのに?」
「仕上がりを見ることはできましょう。それに、指南書さえあれば、作れぬものなどございません」
「安次嶺、できなかった」
俺が言ったら、安次嶺が、がたりと立ち上がった。
「で、ですから!それは、指南書に問題が」
「指南書では表せぬ繊細な部分を習ってこいと、私は言ったはずだ!そうだな、矢渡!」
「はい!大変に有意義な研修でございました!」
「料理長。私とて、研修を蔑ろにした訳では……」
「では、お前の実力が矢渡よりも足りなかったのだ」
「そんな訳がない!」
「皇妃殿下が認めたのは矢渡の品。はっきりと、これが食べたかったのよ、と仰ったのだ。お前のは、違った。違うと仰った」
「しかし、指南書のない料理を作れとは……」
まだ言ってる。ねえ、自分で考えて作ったりはしないの?食べる人の顔を思い浮かべて、作ったりはしないの?
「今回は、指南書だけでは作れぬ品を作れるようになるための研修だった。広末の手業を間近で見られる最高の機会だったんだぞ?出来うるなら、私が行きたかったというのに……」
八代は、ふうう、と長く息を吐く。
ん?そうなの?
「八代もうちに来たいの?」
「ええ、成人殿下。私は、広末を尊敬しております。その天才的な料理の腕や舌だけでなく、心根も。……私は、成人殿下が皇城にお食事に来られる際に、殿下が楽しめる食事を提供することができないことを気に病んでおりました。どの指南書に書いてある料理なら、成人殿下のお口に合うのかと必死で探したけれど、分からなかった」
え?そうだったんだ?
「ありがと」
「え?」
「俺のために、ありがとね」
「は。いや、あの、私は未だ、殿下のお口に合う料理を作ることができておらず……」
「んー。でも、ありがと」
「は」
一度、頭を下げた八代は、きりっとした顔で料理人たちを見渡した。
「広末は言った。食べてくれる相手のことを真剣に考え、その人と話してみれば、何を作ればいいかなんて自然と浮かんでくる、と。それを作ればいいのだと。私は、そんな気持ちを久しく忘れていたよ」
491
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる