【完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

22 料理長の憂鬱  成人

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「茶色が三、緑が五……?予想外の結果だ……」

 八代やつしろの声は、元気がなかった。

「私は、全員が緑と書くと思っていた」
「緑の一枚は俺だ」

 緋色ひいろが言って、席に着いている料理人たちが背筋を伸ばす。

「私も、提出してはおりませんが緑です。この違いを見分けることのできぬ者が三名もいるとは、なんとも情けない……。それとも、私の言葉など取るに足りぬと考えているのか……」

 八代やつしろは、静かに首を横に振った。最後の方は、とても小さな声だった。

「とりあえず、結果についての話をしよう」

 顔を上げて、声を大きくする。全員が、八代やつしろをしっかりと見た。

「緑の皿は?」
「私です」

 手を挙げた矢渡やとの大きな声が響く。うちに来てた時みたいに大きな声だ。料理人の何人かが、きゅ、と眉をしかめた。大きい声が苦手なのかな?公里くりの兄弟も、眉をしかめて矢渡やとを睨んでいる。

「では茶色の皿が安次嶺あじみねの物という事になるな。相違ないか」
「はっ。間違いありません。しかし……」
「相違ないかどうかを聞いている。殿下方の御前である。私が場を仕切る許可を得ているとはいえ、勝手な発言は慎め」
「は……ははっ」

 安次嶺あじみねは、八代やつしろを睨みつけてから頭を下げた。八代やつしろは料理長で、今この味くらべの責任者なのに、言うことなんて聞きたくないって感じだ。良くない。料理長ってことは、ここの一番偉い人だ。ちゃんと尊敬して、言うことをしっかり聞いてくれないと困る。たくさん人がいて、それぞれが勝手に動いていたら、作業がきちんと進まない。指示を出す人がいないと困るのだから、指示を出す人のことは、大切にしなければならない。
 俺のお仕事だって、そうだ。お茶を運んだりする厨房の手伝いの時は広末ひろすえ壱臣いちおみの指示を聞くし、洗濯や掃除の手伝いの時は水瀬みなせ乙羽おとわの指示を聞く。水瀬みなせは、家の仕事の中で俺ができる仕事を分かっていて、必ず何か仕事をくれる。乙羽おとわは、皆が元気かどうか見分けるのが上手いし、どこの仕事が終わってて、どこがやりかけなのかを見回りながら把握している。それを水瀬みなせに伝えて、水瀬みなせが他の人に指示を出すんだ。そう決まっている。広末ひろすえ壱臣いちおみも、広末ひろすえが料理長で一番偉いから、広末ひろすえがいたら、広末ひろすえが指示を出す。いなかったら壱臣いちおみ。ちゃんと決まっている。
 緋色ひいろの部屋の指示役はもちろん緋色ひいろだし、いなかったらさい。一ノ瀬の指示役は村正むらまさだ。荘重むらしげに聞きに来る人がいても、荘重むらしげは絶対に答えない。村正むらまさに聞けって言う。指示役が何人もいたら混乱するからだ。村正むらまさがいない時も、荘重むらしげは何も言わない。俺は知らないけど、誰か二番目がいるんだろう。
 戦場でもそうだった。無能な上司を見限って部下が勝手をすると、被害が拡大していた。そういうのは、無能な上司の口を永遠に塞いでからやってほしい。そうしたら、指示は一つ。まだましだ。……あ、いや。人は殺してはいけない。うん。
 まあ、八代やつしろをあんな目で睨む安次嶺あじみねは駄目だなあってことだ。

「皆、食べ比べて、分かったことと思う。皇妃殿下が所望されていたのは、村次むらつぐの作っただし巻き玉子である。それに、より近い品を作り上げた矢渡やとが作った品を、とても美味しいと皇妃殿下は食されていらっしゃった。研修の成果を見事出した矢渡やとを褒め称えると共に、この品の、いや、皇城で離宮のメニューを作る際の責任者として任命する」

 おお!
 矢渡やと、おめでとう!
 こういう時は拍手だ。俺は右手で、左の上腕を一生懸命叩いた。緋色ひいろ常陸丸ひたちまるも一緒に拍手をしてくれる。八代やつしろも手を叩く。
 でも、料理人たちは、顔を見合わせるばかりで拍手しなかった。
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