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第七章 冠婚葬祭
139 明日の約束 成人
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半助は、壱鷹の前で正座して畳に左手をついた。右はないから、一つだけ。
「殿へ正式な挨拶もなく、壱臣さまと契りを交わしましたことを謝罪致します。まことに、申し訳ございませんでした」
そのまま、深く深く頭を下げた。西の国の正式な挨拶だ。敬意を表す時も謝る時も同じ形だと聞いた。包拳礼と違って片手でもできるからいいな。俺と半助は、包拳礼ができないから。皇族への正式な挨拶ができなくて残念なんだ、いつも。俺は、緋色へ向けてこの挨拶をしたいと思う時がある。父さまにも、たまに。
片手を失くした頃は、痛いだけであんまり困ってなかったのに、色んな新しいことを知る度に左手が欲しくなる。半助が一度だけ言ったことも覚えてるよ。右手があるうちに、力いっぱい抱きしめておけばよかった、って。誰を?なんて聞かない。そんなこと知ってる。
「……頭、上げえ、半助。臣が選んだことやから、それでええ」
壱鷹は体の向きを変えて、しっかりと半助に向き合った。半助は、半分だけ頭を上げた。左手は畳についたままだ。
「俺も選びました……」
半助の視線は畳に落としたまんま。ひと言だけ言った。
壱臣だけが選んでも、結婚はできないから。半助も選んだ。二人ともが相手を一番好きで、生涯を共に生きていきたいって思わないと結婚はできない。
それは大変なことなのよ、って乙羽が言っていた。一番好きって伝えても選ばれないこともよくあるらしい。
なら、俺たちは運が良かったんだ。本当に運が良かった。一番好きな人に、一番好きって言ってもらえたんだから!
「鬼槌のこと、すまなかった」
「いえ」
「お前の妹の子が」
「殿!」
半助の大きな声はあまり聞いたことがないから、びっくりした。壱鷹は、眉をぴくりと動かして口を閉じた。
「願わくば一つだけ」
「ああ」
「違う名で育つことができれば、と」
「そうか」
「御無礼仕りました」
「いや。それが聞きたかった」
「ありがとうございます」
半助はまた、深く頭を下げる。
「……わらえ、半助」
「は。……は?」
しん、と静かな部屋に、壱鷹の小さな声。壱鷹は、半助って呼びながら半助を見ていなかった。
「臣は、帰ってくると信じて疑わなかった私を」
「あ……」
って、言ったのは誰?半助?弐角?それとも弐藤?
「帰ってくると。事が終われば、全て良うなれば、臣は帰ってきて共に暮らしていくんやと、そう思っとった」
「父上……」
また、部屋は静かになって、俺は何となくそっと、お茶を飲んだ。
「まことに、申し訳なく……」
少し時間が経ってから半助が言って。俺は、なんで半助が謝るのか分からなかったけれど、今は黙っていた。わらえって言った壱鷹。どこに笑うことがあったのか分からない。でも聞かなかった。
覚えておく。今は分からなくても。そうしたら、そのうち分かるのかもしれない。このわらえは、ごめんなさいは、どういう意味なのか。
もしかしてずっと分からないかもしれない。そうしたら、思い出した時に半助に聞いてみよう。あのごめんなさいはどういう意味だったのかって。どうして壱鷹はわらえって言ったのか。どうして誰も笑わなかったのか。
何にも急がない。
半助は、きっとずっと俺たちと一緒にいるんだって何となく思ったから。
「あ……」
でもこれは、聞いておく方がいい事かもしれない。俺に、大きくなってください、と言ったじいやに聞いた時みたいに。あの時、じいやは約束をくれた。
俺が思い出した時に聞けるように、半助に側にいて欲しい。だから。
「半助は、明日もここにいる?」
「殿へ正式な挨拶もなく、壱臣さまと契りを交わしましたことを謝罪致します。まことに、申し訳ございませんでした」
そのまま、深く深く頭を下げた。西の国の正式な挨拶だ。敬意を表す時も謝る時も同じ形だと聞いた。包拳礼と違って片手でもできるからいいな。俺と半助は、包拳礼ができないから。皇族への正式な挨拶ができなくて残念なんだ、いつも。俺は、緋色へ向けてこの挨拶をしたいと思う時がある。父さまにも、たまに。
片手を失くした頃は、痛いだけであんまり困ってなかったのに、色んな新しいことを知る度に左手が欲しくなる。半助が一度だけ言ったことも覚えてるよ。右手があるうちに、力いっぱい抱きしめておけばよかった、って。誰を?なんて聞かない。そんなこと知ってる。
「……頭、上げえ、半助。臣が選んだことやから、それでええ」
壱鷹は体の向きを変えて、しっかりと半助に向き合った。半助は、半分だけ頭を上げた。左手は畳についたままだ。
「俺も選びました……」
半助の視線は畳に落としたまんま。ひと言だけ言った。
壱臣だけが選んでも、結婚はできないから。半助も選んだ。二人ともが相手を一番好きで、生涯を共に生きていきたいって思わないと結婚はできない。
それは大変なことなのよ、って乙羽が言っていた。一番好きって伝えても選ばれないこともよくあるらしい。
なら、俺たちは運が良かったんだ。本当に運が良かった。一番好きな人に、一番好きって言ってもらえたんだから!
「鬼槌のこと、すまなかった」
「いえ」
「お前の妹の子が」
「殿!」
半助の大きな声はあまり聞いたことがないから、びっくりした。壱鷹は、眉をぴくりと動かして口を閉じた。
「願わくば一つだけ」
「ああ」
「違う名で育つことができれば、と」
「そうか」
「御無礼仕りました」
「いや。それが聞きたかった」
「ありがとうございます」
半助はまた、深く頭を下げる。
「……わらえ、半助」
「は。……は?」
しん、と静かな部屋に、壱鷹の小さな声。壱鷹は、半助って呼びながら半助を見ていなかった。
「臣は、帰ってくると信じて疑わなかった私を」
「あ……」
って、言ったのは誰?半助?弐角?それとも弐藤?
「帰ってくると。事が終われば、全て良うなれば、臣は帰ってきて共に暮らしていくんやと、そう思っとった」
「父上……」
また、部屋は静かになって、俺は何となくそっと、お茶を飲んだ。
「まことに、申し訳なく……」
少し時間が経ってから半助が言って。俺は、なんで半助が謝るのか分からなかったけれど、今は黙っていた。わらえって言った壱鷹。どこに笑うことがあったのか分からない。でも聞かなかった。
覚えておく。今は分からなくても。そうしたら、そのうち分かるのかもしれない。このわらえは、ごめんなさいは、どういう意味なのか。
もしかしてずっと分からないかもしれない。そうしたら、思い出した時に半助に聞いてみよう。あのごめんなさいはどういう意味だったのかって。どうして壱鷹はわらえって言ったのか。どうして誰も笑わなかったのか。
何にも急がない。
半助は、きっとずっと俺たちと一緒にいるんだって何となく思ったから。
「あ……」
でもこれは、聞いておく方がいい事かもしれない。俺に、大きくなってください、と言ったじいやに聞いた時みたいに。あの時、じいやは約束をくれた。
俺が思い出した時に聞けるように、半助に側にいて欲しい。だから。
「半助は、明日もここにいる?」
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