【完結】人形と皇子

かずえ

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第七章 冠婚葬祭

120 隈の消えない人  祈里

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「あれ?坂寄さかきさんでしたか」

 部屋の隅で手縫い作業をされている方に見覚えがなく、挨拶をしようと近寄ったら、昨日お休みをされていた坂寄さかきさんだった。
 頭に布を巻いて、まるで煤払いの時の掃除係のようだ。衣装室の人間としては、その格好はちょっといただけない。いくら臨時雇いでも……。
 とても美しい髪をされていたと思ったのだけれど、どうしたのだろう。綺麗に手入れされているのだなあ、と分かる長い髪を、動きやすいように一つに纏めていて、それもまた、よく似合っていたのだけれど。
 坂寄さかきさんは、黙って頭を下げただけで作業に戻られたが、どうしても気になって更に言葉をかけた。
 まだ、定められた出勤時間よりだいぶ早い。他に人もいないし、今まであまりお話できていないから、話をするには丁度いいかもしれない。

「その被りものは、どうなさったんですか?」

 坂寄さかきさんから返事はなく、うつむいて手を動かし続けている。
 目の下にはまた、薄らと隈が見えた。成人なるひとさまに連れられてお昼寝をされた後は、少しだけましになったように思ったのだけれど。
 成人なるひとさまに聞いた所によると、この方はもともと、今だけ離宮で預かっている西国の方の侍女らしい。体調を崩されたその方のお世話をされるために、わざわざ西国から来られた、とのことだった。その方の体調が戻っても、国へ帰らなかったみたいだ。
 まだしばらく置いて欲しいと言われたんだけど、うちにはうちの人しか住めないから、と成人なるひとさまが困った顔で仰られていたので、今、とんでもなく忙しい衣装部で預かった。涼乃絵すずのえさまが試されたら、とても素晴らしい裁縫の腕だったので、喜んで預かることになったのだ。
 私も暮らしている使用人寮に臨時の部屋を渡したら万事解決、と思っていたら、そうでは無かったらしい。坂寄さかきさんは毎晩、寮を抜け出して離宮へと向かわれた。仕えるお方のお世話をする為に。
 けれど、夜に離宮を訪ねて入れるわけが無い。昼でも、緋色ひいろ殿下の許しを得ている方しか入れないのだと聞いたことがある場所だ。仕事をする者が多く出入りする皇城とは違い、あそこは緋色ひいろ殿下とご伴侶であられる成人なるひとさまの住まいなのだから。
 涼乃絵すずのえさまは、用があれば普通に訪ねておられるので、もともとの許可が云々の話が真実なのかどうかはよく分からないけれど。
 …………。

祈里いのり、俺のおうちに遊びに来る時、いつ来るか言ってね、おやつ用意してもらうから」

 と、成人なるひとさまに仰ってもらっているが、もしかしてこれが、訪ねることのできる許しだったりして……?じゃあ私は入れるのかな……。まあ、その時がきたら、成人なるひとさまにちゃんと確認をしよう。そうしよう。
 坂寄さかきさんは、仕えるお方のお世話をしたいから離宮に残りたいと述べたつもりが、成人なるひとさまに上手く伝わらなかったのだろう、きっと。
 成人なるひとさまに、遠回しな表現なんて通じない。丁寧に本心を伝えたなら、決して間違えたりなさらないのに。相手の言っていることが理解できない時にも、そのままにしたりはなさらない。しっかり聞いて、調べて、考えて答えを出してくださる方だ。
 上手く伝わらなかったのなら、こうして口を噤んだか、丁寧に伝える努力を怠ったのだろう。

「あの。人にものを尋ねられた時に、何も答えないのは良くないと思います」
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