817 / 1,321
第七章 冠婚葬祭
106 最終通告 緋色
しおりを挟む
「椿」
「はっ」
部屋に呼ばれ、親の謝り倒す姿を見て言葉もなくしていた娘が、びくりと体を揺らす。
「諦めはついたのか」
「諦め……ですか?」
「このまま、ここで下働きをするか?」
「下働き……。いえ、私はまだ、護衛の訓練を……」
「え?」
声を上げたのは成人だ。バッグから取り出したお気に入りのメモ用紙を膝に置いて、何やら書いていた。それで、抱かせてくれなかったのか?俺の膝に乗れば、メモ用紙を持ってやるのに。
なになに?
ぎょうぎょうしい?
こたびのしぎ?
うーん。
成人の辞書では厳しいな。
ああ。もう少し上等な辞書を買ってやろうか。青葉にもらった品を、成人があまりに大切にしているものだから、その考えが浮かばなかった。あれに載っていなければ、こちらを見てみろ、というように、幾つか買っておくか。灯可あたりの使用しているものが、良いかもしれん。
「椿に護衛は無理だって、俺、言ったけど」
「し、しかし。護衛を続けたいか、と緋色殿下に問われて、私は、はい、と返事を致しました。そうして、こちらに連れて来て頂き、おしごと、を……」
「護衛の仕事をすると言い張るのなら、弐角の嫁の身の安全のために、その仕事ができない状況にするしかあるまい」
「私は、弱くありません!」
応接室に、本日離宮にいた一ノ瀬が幾人も、音もなく姿を現す。今日も弐角と共にあった才蔵が、ただ弐角だけを護ろうと動くのが見えた。入室を許可していた六車の護衛も、少し遅れて同じような動きを見せる。武器を出さないのは、分かっていたから。姿は見えなくとも、一ノ瀬が在ったことを。分かる者には分かるように、気配を薄く広げていたのだから。
俺の後ろから、常陸丸が威圧を放つ。成人の後ろの半助からも、冷たい圧がかかる。
「あ。あ……」
引き攣った声を上げたのは、六車親子と、成人に無礼を働いたという侍女。
中途半端に鍛えている椿には、より伝わるものがあったのだろう。真っ青になって立ち上がろうとするその肩を、優しい手が押さえた。
「え……?」
大して力があるとも見えぬその手に押さえられ、椿は身じろぎ一つできない。
「自らの実力を正しく知らぬ者は、決して強くなれません」
振り返らなくとも、水瀬の声は分かったのだろう。
椿の体から、がくりと力が抜けるのが見えた。
「はっ」
部屋に呼ばれ、親の謝り倒す姿を見て言葉もなくしていた娘が、びくりと体を揺らす。
「諦めはついたのか」
「諦め……ですか?」
「このまま、ここで下働きをするか?」
「下働き……。いえ、私はまだ、護衛の訓練を……」
「え?」
声を上げたのは成人だ。バッグから取り出したお気に入りのメモ用紙を膝に置いて、何やら書いていた。それで、抱かせてくれなかったのか?俺の膝に乗れば、メモ用紙を持ってやるのに。
なになに?
ぎょうぎょうしい?
こたびのしぎ?
うーん。
成人の辞書では厳しいな。
ああ。もう少し上等な辞書を買ってやろうか。青葉にもらった品を、成人があまりに大切にしているものだから、その考えが浮かばなかった。あれに載っていなければ、こちらを見てみろ、というように、幾つか買っておくか。灯可あたりの使用しているものが、良いかもしれん。
「椿に護衛は無理だって、俺、言ったけど」
「し、しかし。護衛を続けたいか、と緋色殿下に問われて、私は、はい、と返事を致しました。そうして、こちらに連れて来て頂き、おしごと、を……」
「護衛の仕事をすると言い張るのなら、弐角の嫁の身の安全のために、その仕事ができない状況にするしかあるまい」
「私は、弱くありません!」
応接室に、本日離宮にいた一ノ瀬が幾人も、音もなく姿を現す。今日も弐角と共にあった才蔵が、ただ弐角だけを護ろうと動くのが見えた。入室を許可していた六車の護衛も、少し遅れて同じような動きを見せる。武器を出さないのは、分かっていたから。姿は見えなくとも、一ノ瀬が在ったことを。分かる者には分かるように、気配を薄く広げていたのだから。
俺の後ろから、常陸丸が威圧を放つ。成人の後ろの半助からも、冷たい圧がかかる。
「あ。あ……」
引き攣った声を上げたのは、六車親子と、成人に無礼を働いたという侍女。
中途半端に鍛えている椿には、より伝わるものがあったのだろう。真っ青になって立ち上がろうとするその肩を、優しい手が押さえた。
「え……?」
大して力があるとも見えぬその手に押さえられ、椿は身じろぎ一つできない。
「自らの実力を正しく知らぬ者は、決して強くなれません」
振り返らなくとも、水瀬の声は分かったのだろう。
椿の体から、がくりと力が抜けるのが見えた。
476
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる