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第七章 冠婚葬祭
85 ひとり 椿
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目を覚まして、体調を崩しているんやと気付く。体が、重とうて熱かった。
「誰か……」
私がこのような状態であるのに、誰も傍らにおらんことが不思議であった。小机に、水差しだけが置かれている。起き上がる気力はないが、水が飲みたい。汗をかいた体が不快で、体を拭って着替えをしたい。
「誰か、おらぬか」
声を上げることも辛いのに気の利かぬ……と考えてから、改めて辺りを見渡した。
狭い部屋。案内された際に、こんなところで人は暮らせるんか、と思たこと思い出した。暮らし始めれば、部屋で過ごす時間などほとんどなく、疲れ果てて、二日とも、あっという間に寝入ってしもうたが。
そうか、まだ二日……。
もしかして私は、昨日一日仕事をしただけで、このように体調を崩してしもうたのやろうか。
……なんと情けない。
鍛錬をしたわけやない。下働きと言われる、誰でもできる仕事を少し体験した、ただそれだけで。
そのことに、しばし呆然とした。
働かぬ頭で考える。
昨日の仕事。
衣服を洗い、干し、乾くまでの間に、広い広い宮の隅々までを磨き上げる。六車より屋敷の規模は大きいようであるのに、人手はよほど少なかった。いや、振り向けばいたような。だがやはり、大していなかったような。
こんこん、と扉が叩かれた。
「はい」
ようやく、誰か来たらしい。声を上げるのも辛いのであるから、勝手に入室してくれば良いものを、と思いつつ返事をする。入ってきたのは水瀬……さんだった。
「目が覚めましたか?」
平坦な口調に目を見開く。どうやら、私の世話をしに来たのではないらしい。
「本日は、体調不良ということで仕事は休みといたしました。慣れぬ環境に疲れたのでしょう。しっかり休んで、回復に努めてください」
仕事……など、そのようなことを言っておる場合ではないやろう?私は、起き上がれぬほどに弱っとるいうのに。回復に努めるための世話人はどこにおるんや……?水瀬さん、がその役を担ういうことはなさそうやけど。
「成人さま。駄目だと言ったでしょう」
水瀬さんが、扉の方を振り返って言う。
扉の向こうに、成人さまがおる……んやろうか。分からない。鍛えて磨いたはずの、人の気配を読んだり、すばやく動いたりという私の能力が、まるで突然消失してしまったかのように、昨日、いや、一昨日から働かない。
体調を崩しているから、やない。
ここに来てからずっと、私は。
「ちょっとだけ」
掠れた高めの声が、くぐもって聞こえた。私の耳が?とも思たが、水瀬さんの隣に立った成人さまは、鼻と口元を布で覆っていた。
「これで大丈夫」
はあ、と水瀬さんがため息を吐いた。
「殿下の許可は?」
「内緒ね」
「少しですよ」
「はあい」
そして、成人さまは、私へと優しい視線を向ける。一つだけの大きな目が、じっと私を見た。
「お水、飲む?」
ようやく得られた助けに、何度も頷いた。
「誰か……」
私がこのような状態であるのに、誰も傍らにおらんことが不思議であった。小机に、水差しだけが置かれている。起き上がる気力はないが、水が飲みたい。汗をかいた体が不快で、体を拭って着替えをしたい。
「誰か、おらぬか」
声を上げることも辛いのに気の利かぬ……と考えてから、改めて辺りを見渡した。
狭い部屋。案内された際に、こんなところで人は暮らせるんか、と思たこと思い出した。暮らし始めれば、部屋で過ごす時間などほとんどなく、疲れ果てて、二日とも、あっという間に寝入ってしもうたが。
そうか、まだ二日……。
もしかして私は、昨日一日仕事をしただけで、このように体調を崩してしもうたのやろうか。
……なんと情けない。
鍛錬をしたわけやない。下働きと言われる、誰でもできる仕事を少し体験した、ただそれだけで。
そのことに、しばし呆然とした。
働かぬ頭で考える。
昨日の仕事。
衣服を洗い、干し、乾くまでの間に、広い広い宮の隅々までを磨き上げる。六車より屋敷の規模は大きいようであるのに、人手はよほど少なかった。いや、振り向けばいたような。だがやはり、大していなかったような。
こんこん、と扉が叩かれた。
「はい」
ようやく、誰か来たらしい。声を上げるのも辛いのであるから、勝手に入室してくれば良いものを、と思いつつ返事をする。入ってきたのは水瀬……さんだった。
「目が覚めましたか?」
平坦な口調に目を見開く。どうやら、私の世話をしに来たのではないらしい。
「本日は、体調不良ということで仕事は休みといたしました。慣れぬ環境に疲れたのでしょう。しっかり休んで、回復に努めてください」
仕事……など、そのようなことを言っておる場合ではないやろう?私は、起き上がれぬほどに弱っとるいうのに。回復に努めるための世話人はどこにおるんや……?水瀬さん、がその役を担ういうことはなさそうやけど。
「成人さま。駄目だと言ったでしょう」
水瀬さんが、扉の方を振り返って言う。
扉の向こうに、成人さまがおる……んやろうか。分からない。鍛えて磨いたはずの、人の気配を読んだり、すばやく動いたりという私の能力が、まるで突然消失してしまったかのように、昨日、いや、一昨日から働かない。
体調を崩しているから、やない。
ここに来てからずっと、私は。
「ちょっとだけ」
掠れた高めの声が、くぐもって聞こえた。私の耳が?とも思たが、水瀬さんの隣に立った成人さまは、鼻と口元を布で覆っていた。
「これで大丈夫」
はあ、と水瀬さんがため息を吐いた。
「殿下の許可は?」
「内緒ね」
「少しですよ」
「はあい」
そして、成人さまは、私へと優しい視線を向ける。一つだけの大きな目が、じっと私を見た。
「お水、飲む?」
ようやく得られた助けに、何度も頷いた。
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