【完結】人形と皇子

かずえ

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第七章 冠婚葬祭

16 例えこの手が汚れていても  緋色

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 元気の無い成人なるひとを抱え上げると、下ろして、下ろして、と心配そうに口にする。傷は少々痛いが、たかが打ち身だ。そんなに心配することじゃない。それを気にして距離を置かれる方が嫌だ。頬に口を寄せると、嬉しそうに笑うから満足した。

「風呂行くぞ」
「歩くよー」

 仕方なく下ろすと、成人なるひとはせっせと風呂の準備をする。手慣れた様子に、頬が緩むのが分かる。風呂に入ることに怯えていたことがあるなんて、考えられないな。
 夜泣き中に、抱え込めたことにも驚いた。
 あの時。
 俺の匂いを確かめるようにすり寄って来たときに、もう大丈夫だと、安堵した。
 無意識であっても、認識してしがみつくことができるのなら、助けられる。いつでも、この腕の中に抱え込めさえすれば、何とかすることができるじゃないか。
 触れることのできない拷問のような時間。
 触れることを厭われれば、その無意識から引き上げることさえできない。
 苦い日々を思い出して、手拭いや着替えを袋に詰めている成人なるひとに抱きつく。
 う。あちこち痛え。

「もー。緋色ひいろ。もー」
「もーもー言ってると牛になるぞ」
「もーもー」

 自分は、こうして人と触れあうことは苦手なんだと思っていた。青葉あおばに抱き締めてもらうまで、あまりそういう経験が無かったからだ。だが、常陸丸ひたちまる力丸りきまると共にいて、突然肩を抱かれても、びくっと震えないほどには慣れた。小さい頃は、お互いに身分のことも大して気にしていなかったし、友達や兄弟の触れ合い方を体験できたのが良かったのだろう。
 そうでなければ、今頃俺は、お前をこうしてずっと抱え込んでいたいなどと、考えもしなかったかもしれない。

「元気ねえな」
「そう?」 
「ああ」
「んー」

 どう言えばいいのか、と思案する真剣な顔も、いいな。

「俺が悲しませた人のことを、考えてた」

 ん?

吉野よしのが死んで、とても悲しかった。俺だけじゃなく、たくさんの人がとても悲しかった。なら、たくさんの人が死んだら、もっとたくさんの人が悲しい。俺は、たくさんの命を奪ったから、たくさん悲しませた、と思って……」
「そうか」

 青葉あおばと何か話したか。余計なことを。だが、知らないまま大人になることなどできはしない。考える成人なるひとは、きっと正しい。
 仕方なかった。そうしないと生きられなかったのだから、と言っても、心に何かは残るのだろう。
 俺も。
 殺した数なら、一番多いのだろうな。
 成人なるひとに回した両手を見る。赤い血が滴っているような気がした。
 それでも、この手を離さない。共に、血で染まったまま生きていこう。そうすることで救った命もあったはずだから。
 
 
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