人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

142 名前を呼んで  朱実

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「楽しかったの?」

 夜の寝室で、赤璃あかりが笑う。私は今、どんな顔をしているのだろう。
 楽しかったかどうかと聞かれれば、楽しかった。待たされてからもらったたこ焼きは、とても美味しかったし、あの後、挨拶に来た緋椀ひまりと久しぶりに話をすることができた。

朱実あけみ殿下、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「いや、構わない。こういう場だ。礼は不要と通達したしな」

 朱実あけみ殿下と呼ばれたことで気分が浮上したことに驚いた。そうか、私は。
 緋色ひいろに皇太子殿下と呼ばれることで、気分が落ち込んでいたのだ。たったそんなことで。

「どうだ、子どものいる生活は?」
「楽しいですよ」

 若くして結婚し、七条の当主となった。元より、朱可しゅかを一条に、という声があったから緋椀ひまりも覚悟はしていただろうが、私が皇位を継ぐより早いとは、周囲も本人も思いもよらなかったのではないか。
 その上、いきなりの子持ちだ。突然、小学生の子どもの親になるというのはどういう心地なのかと尋ねてみれば、とても良い笑顔が返ってきて驚いた。
 七条を代表して従軍し、戻った後の無表情は、戦場へ行く前と似て非なるものであったが、離宮へ預けて元通り……、いや、すっかり豊かになった表情は、万人を魅了して止まぬ美しさを溢している。
 これはこれは……。
 何となく見惚れてしまいそうになり、慌てて視線を逸らす。視線を逸らした先に、七条へ婿入りした作治さくじを見つけて、これが伴侶とは、さぞかし苦労が絶えないだろう、などとくだらないことを考えた。
 まあ、緋色ひいろの率いる軍の副将軍を勤めたあの有能な男が、伴侶の世話を苦労などと思うはずもない。愛しげな笑みは、余裕を感じさせる。

「そういうものか」
「殿下も、すぐに分かります。子どもは可愛い」
「甘やかしていそうだな」

 優しく美しいかんばせに、見可みかのあの傍若無人は緋椀ひまりの甘やかしではないか、と口にしてみれば。

緋椀ひまり、怖いよ」

 近くに居たので話を聞いていたらしい成人なるひとが、否やを唱えた。

「あのね。見可みかはお利口になったんだって。灯可とうかが言ってた」

 ふむ。相変わらず言葉の少ない……。これでも、たくさん話した方なのか。続きがあるかと待ってみたが、本人は、もう話はすんだと冷めた茶を啜っている。

「きちんとするべきことはしなさい、と言っているだけですよ。怖いだなんて、心外ですね」
「ふふふ。美人が怒ると怖いんだって」
「まったく、誰がそんなことを教えるんだか」

 すっかり親の顔で成人なるひとへ微笑みかけてから、見可みか灯可とうかの方へと目をやる緋椀ひまり
 そのうち、義理の弟に、子育ての相談をしなくてはならないのかもしれない。
 緋椀ひまりは、私が知っていた頃とは大分変わってしまったが、その変化は嫌なものではなかった。
 人は、変わるものなのだ。
 緋色ひいろをまじまじと見る。成人なるひとを膝に乗せて、寛いだ様子の弟。知らなかった顔。これが、今の緋色ひいろ。どんな色眼鏡で見ても、幸せそうにしか見えない。この状態が……。
 だから、私からは一言だけ要望を述べて、今日は帰ろう。

緋色ひいろ。皇太子殿下と呼ぶのを止めて欲しい」

 お前には、名前を呼んでもらいたいから。
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