【完結】人形と皇子

第六章 家族と暮らす

134 離宮は平常運転 朱実

　声をかけるべきか。しかし、このように離れてしまわれるとかなり大きな声を出さねばならない。声を掛けるな、という意思表示か？私に？
　見可みかに注意することもなく、灯可とうかと七条作治さくじは、見可みかの近くに腰を下ろした。手には、三人それぞれ袋をぶら下げている。誕生月の者にプレゼントを渡すことも調査済みなので、私も懐に、デパートの商品券を入れてきた。
　すぐに、たこ焼きの鉄板が置いてある後ろの戸が開いて、広末ひろすえと村次むらつぐが、様々な荷物を手に入ってくる。

「こんにちは！」

　見可みかが子どもらしい甲高い声を上げると、おお、と広末ひろすえの顔が緩んだ。

「見可みかさま、いらっしゃい。早いですね」
「俺、楽しみすぎて、朝から来たかったー」
「そうですか。そりゃ良かった。次は、朝から来てても構いませんよ？七月は、うちの家族も連れてくる予定ですから、うちの子と遊んでやってください」
「赤ちゃん？遊びたい。俺、俺の赤ちゃん欲しいって言ったのに、まだ来ないんだよ」
「ははは。あれは授かり物ですからね」

　全く、支離滅裂な話だな。成人なるひとが饒舌になっても、結局話は分かりにくいということか。あれは、言葉が少ないから分かりにくいのだと思っていたが、言葉数が多くとも、分かりやすい訳ではないらしい。
　俺の赤ちゃんとは、下の子のことか。お前に子は、まだまだ生めぬ。

「来るといいなあ、俺の妹」
「妹？弟じゃなく？意外ですね」

　広末ひろすえは見可みかに気を取られて気付いていないが、村次むらつぐは入室前から気配で私に気付いていたのだろう。挨拶の機会を伺っている様であったが上手くいかず、ついに見可みかの話に口を挟み始めた。

「ん？そりゃ弟がいいけどさ」
「へ？」
「妹なんだよなあ。でも俺は、妹でも、俺の赤ちゃんをすっごく可愛がるから」
「また始まった。見可みかは、何故かずっと妹が来るって言ってるんだよ」
「へえ？小さい頃からってことですか？」
「そう」
「はは。楽しみですね」

　灯可とうかも話に加わって、料理人たちは楽しそうに準備を進め始めた。
　ふむ。挨拶もされないとは、何とも不思議な心地だ。一人で座っていると、静かに茶が置かれた。気配が感じ取れないのは、なかなか心臓に悪い。

「皇太子殿下にご挨拶申し上げます。礼は不要とのことでしたので、口上のみで失礼致します。鼓与ことと申します」

　若い娘が落ち着いて頭を下げて、挨拶をした。この年齢でこの気配の無さ。かなりやり手の一ノ瀬だろうに、離宮でお茶出しか。

「ああ」

　私たちのやり取りに、ようやく広末ひろすえがこちらに気付いた。

「ああ！皇太子殿下。こりゃ、ご挨拶も致しませんで。申し訳ありません」
「いや、本日は礼は不要と通達した」
「そうでしたか！それでは」

　鉄板の前へ村次むらつぐと出てきて頭を下げる。

「ようこそいらっしゃいました」
「ああ、世話になる」
「はい。美味しいもん食べてってください」

　広末ひろすえは、まったく肝の座った男だ。人の良い笑みを浮かべてそれだけ言うと、さっさと仕事に戻っていった。