【完結】人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

75 貰っていないものは返せない  緋色

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「俺!俺が緋色ひいろの家族!」

 父と母は突然の成人なるひとの宣言に驚いていて、俺は喜びを噛みしめていた。
 思わず頬が緩む。そうか、そうだな。俺たちは家族だ。正式に認められ、もうどこからも文句のつけようのない家族だ。
 母が、俺に家族としての対応を訴える言葉に辟易していた。やはり退室しておけば良かった。俺の言葉の意味など、それぞれの解釈で構わなかったのだから。
 家族、家族と言うが、血の繋がりがあるだけで家族としての情が湧くわけではないだろう。共に暮らしていたとはいえ、食事時以外にほとんど会うこともなく、頻繁に言葉を交わす訳でもない。母は、体調が悪いときは自室で食事をするから、食事時にも大して見かけなかった気がする。
 朱実あけみは、食事時以外にもくだらない理由で呼び出してきたり、会えば話しかけてくるから、最も家族として認識していたかもしれない。今までは。
 母は、普段から俺に、家族としての情を向けていただろうか。あまり覚えがない。もしそうだと言われても、俺に届いてはいなかった。あの口が、俺と最も近しい間柄だと言うのか?幼い俺に対して、最も近しい場所にいることを拒んだくせに。そして今更、俺に最も近しい間柄であることを求めるのか。
 それは、乙羽おとわの家族と称していた二条家を思い出させる。ろくろく世話もせずに放っておいた子どもに、家族を助けるためにその命を差し出すのは当然だと訴える、家族と名乗る者たち。成人なるひと赤虎せきとらに拐われた時に取り乱した乙羽おとわは、二条家が無くなった時に何の感情も示さなかった。ただ、その終わりを見ていた。
 しん、と静まった室内に不安になったのか、成人なるひとがきょろきょろと俺たちを見回した。きらきらしていた大きな右目が、あれ?と言うようにこちらに向けられる。
 
「その通りだ」
 
 成人なるひとは頷いた俺の言葉に、にこーと笑んだ。
 弾む気持ちのままに軽い体を抱き上げて、膝の上で片手にもたれ掛からせる。すぐ横にある頬に、ちゅ、とキスを落とすと、また成人なるひとの笑みが深まった。
 ああ。今すぐ帰ろう。
 うちに帰って、思う存分キスをしよう。乙羽おとわに見つかって、人前でキスをしてはいけません、と怒られながら、キスをしたい。
 俺は護衛なんだが?と懲りない愚痴を垂れる常陸丸ひたちまるを横に座らせて、仕事をしたい。
 成人なるひとの運んでくるお茶を、ふーふーと冷ます三郎さぶろうを見て笑い、さいの横で機嫌良く論文を書く睦峯むつみねをからかいたい。
 成人なるひとに配慮された軟らかさと量と味付けの飯が出てくる食堂で、もりもり食べる成人なるひとを見ながら、俺好みの味付けの飯を食いたい。
 乙羽おとわのような酷い目にあったわけではない。きちんと育ててもらった。それなりに、気にかけてもらってもいたのだろう。
 けれど。
 俺の帰る家はここではなく、最も近しいと聞いて思い浮かべるのは、父でも母でも兄でもなく。

「そろそろ、帰ってもよろしいか?」

 明るい声で尋ねた俺に、父は力なく首を横に振った。
 
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