【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
629 / 1,321
第六章 家族と暮らす

64 悪口  成人

しおりを挟む
「まあ……」

 俺たちのいる部屋に一人で入ってきた赤璃あかりさまは、俺の横に膝をついて、ソファで眠る朱実あけみ殿下をじっと見た。

「ひどい顔……」

 緋色ひいろとおんなじこと言ってる。

「私にまで分からないようにするなんて酷いわ」

 赤璃あかりさまの手がそっと伸びて、朱実あけみ殿下の目の下の黒いとこを親指で撫でた。そういう赤璃あかりさまも、あんまり元気じゃない。でも、これは仕方ないんだ。赤ちゃんのお世話をする女の人は、お休みできなくて大変だから。

朱音あかね殿下は?」
玉乃井たまのいに任せてきたから大丈夫よ。玉乃井たまのいは、朱音あかねのお世話をするのが仕事なの」

 それなら安心。一緒にいたいけど、朱音あかね殿下はまだ、ふにゃふにゃだから、あんまり動かさない方がいいもんね。

「医師には?」
「まだ」
「呼んで」
「いいのか?」
「こんな場所で、こんな体勢で寝てるなんて初めて見たわ。気を失ってるのではなくて?」

 赤璃あかりさまが緋色ひいろを振り返る。向かいのソファに座る緋色ひいろは、あまり赤璃あかりさまの方を見ずに、返事だけしてる。

常陸丸ひたちまる

 緋色ひいろは、扉の近くに真っ直ぐ立っている常陸丸ひたちまるを、声だけで呼んだ。

「俺の見立てでは、寝ていると思います。でもまあ、赤璃あかり殿下の許可を得たんで、医師を呼んできます」
「簡易ベッドをここに入れることはできる?」

 すぐに出ていこうとした常陸丸ひたちまる赤璃あかりさまが呼び止める。

「相談してきます」
「ありがとう、お願い。なる、朱実あけみのこと、もう少しだけててね」

 そして赤璃あかりさまは、緋色ひいろの横に座った。

「兄弟喧嘩の一つもすればいい、と思ってはいたわ。少々感情的になっても、それぞれの気持ちを伝えあえるなら、お互いに相手の気持ちが分からないままそっぽを向くよりましなんじゃないかと思ったの」
「そうか」
「でも、私が思っていたのは話をすることよ。暴力で人は分かり合えないと思うわ」
「だろうな」
「じゃあ、何で?」
「人でない者との婚姻を認められなかった、と聞こえたときには殴ってた」

 赤璃あかりさまが、はっとこちらを向いたのが分かる。俺は、朱実あけみ殿下を看てるから二人の顔は見えない。でも、気配は感じてしまう。

「……ごめんなさい」
「お前には関係無い」
朱実あけみの認識を変えられなかったことを……謝罪させて」
朱実あけみの認識は朱実あけみのもので、誰かが何とかできるものじゃない」
「それでも。あなたたちを傷付けたわ」
「傷付けたのは緋色ひいろでしょ」

 振り返って言ったら、びっくりしてる顔の赤璃あかりさまが見えた。

「違いない」

 にやっと緋色ひいろが笑う。朱実あけみ殿下が起きたら、緋色ひいろがごめんなさいしてよね。

「何で、あなたたち?」
「なるのことを人でないと言ったのでしょ?酷い悪口だわ」
「悪口……」
「誰かのことを悪く言ったり、貶めたりすることよ」
「ふーん」

 俺に人でないと言うのは、悪口になるのか。おとしめていることになるのか。おとしめているって何だ?後で辞書で調べよう。
 あ。

「人でなかったって言えば、悪口じゃなかったのにねえ」
「…………」
「………………」

 緋色ひいろは眉の間にぎゅう、と皺を寄せて黙ったし、赤璃あかりさまは何かを言おうと口を開いて、また閉じた。

「俺が拾った時からずっと、お前は人だったぞ」

 じゃあ俺は、緋色ひいろの前ではずっと人だ。
 それは何だか嬉しくて、くふ、と声が出た。
 ああ、だから。
 だから緋色ひいろはいつも、俺を人でないと扱う人に怒るのか。赤虎せきとら忍部しのぶべ博士や睦峯むつみね三条さんじょうの人、朱実あけみ殿下。
 間違ってるし、悪口になるから。 
 何だろう。
 嬉しい。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

処理中です...