【完結】人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

14 幸せのばつ印  緋色

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「それでは」

 俺の気配が尖るのを察することもなく、八条薫がぽんと手を打つ。八条ってのは、本当に学者だな。こういうのが側にいると、武門は気が削がれる。いや、もしかして寛げるのか?たから緋椀ひまりの仲が良いのが、分かる気がした。ささくれだった気分が収まるんだよな。
 俺と常陸丸ひたちまるだと、こうはいかない。二人で気のすむまで暴れたこともある。まあ、常識の範囲で。
 こういう人間が近くにいると、殺気や威圧に何も気付かないこれを、守ってやらなくてはならん、という気にもなるしな。壱臣いちおみを守る半助はんすけも、初めはそんな感情だったのだろう。

「今、婚姻届をお書きください。その上で、今、戸籍を作成してしまいましょう!」
「…………」

 まあ、そうか。
 無いってんなら、もう一度提出すればいいのか。以前書いた書類に思い入れがあるでなし、婚姻の年月日にこだわりも特にない。

「俺、書くー」
「はい、では用紙をこちらに」
「八条さま、しかし」

 婚姻届係の長らしき者が、何か言いかけるのへ八条薫が柔らかい笑みを向ける。

「何か、問題でも?」
「あの、朱実あけみ殿下が」
「何故そこで、朱実あけみ殿下の名前が出てくるのですか?」
「婚姻届を預かられているということは、その、何かお考えが……」
「お二人はすでに婚姻可能年齢を超えていらっしゃいます。保護者の了承すらいりません。保証人欄には常陸丸ひたちまるさんが署名されたら良いでしょう?一ノ瀬いちのせさんもいらっしゃいますし」

 てきぱきと話は進んでいく。これはいいな。俺は、俺と成人なるひとの戸籍が作成されるのを目の前で見られるのか。それはなかなか、心踊る光景だ。
 ああ。
 人任せにしないことは、大切なことだ。婚姻届が受理されて、戸籍が作成されるところまで見届けなくてはいけなかった。
 成人なるひととまだ、国の制度の上での家族で無かったことは業腹だが、とうに心は繋がっている。何の問題もない。
 朱実あけみが公にはしなかったことで、城の中ではとうに成人なるひとは俺の伴侶として認識されているし、近衛隊だけが正しい情報を持っていたに過ぎない。
 八条が命じて持ってこさせた婚姻届に、一生懸命名前を書く成人なるひとを見ていると、これでいいような気がしてくるから不思議だ。

「書けた!」
「上手くなったなあ」
「えへへ」

 確か前に書いたときは、小さい名前欄に成人なるひとと書くことに苦労していた。自分の名前を漢字で書くのもやっとの頃だ。ふりがなはどうしても小さく書けなくて、俺が書いた。自分で書きたい、と悔しがっていたな。
 今は、少しはみ出しているが、しっかりとふりがなも書いてある。誕生日も、本人が分からない生年の欄は空いているが、三月十三日と日付を書いている。

「ふふふ。これもまた、いいな」

 俺の部分も埋めて、俺の保証人欄に常陸丸ひたちまる成人なるひとの保証人欄には荘重むらしげが署名した。

「いいのか?」
「私の雇い主は、緋色ひいろ殿下でございます。そして私は、成人なるひとさまの護衛です」

 一ノ瀬いちのせ朱実あけみの持ち物だ。もしもの時に、ここに署名していることは不味いかと思ったが、余計な心配だったらしい。
 成人なるひとと二人で持って差し出した婚姻届は、にこやかに八条かおるが受け取った。受付欄に八条薫と署名し、本日の日付を書き込む。どうやら、長がいればすべての手続きは済みそうである。
 八条薫が婚姻届係の者を部屋から出し職務に戻したのは、何かあっても自分が責任を取るつもりなのだろう。
 心配するな。、誰にも何も言わせはせん。
 戸籍も、八条薫が見事な筆字で作成する様子を、じっくりと眺めた。成人なるひとが楽しそうに見ていたから、これも良かった。
 元の戸籍の俺の名前に、大きなばつが付いたのを見て、胸がすく思いだった。
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