【完結】人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

13 俺は好きじゃなくなった  緋色

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「手際が悪く、申し訳ございません。私はこちらの仕事を引き継いだばかりで、まだまだ勉強中でございまして」

 八条薫が、深く頭を下げた。

「そうか。前任者は?」
「定年退職致しました。慣例では、同じ部署内から次の長を出すのですが、戸籍課にちょうど良い家格の者がおらず、私が他の部署よそから引っ張ってこられたばかりです」
「これまでは、どんな仕事を?」
「御前会議で出された案を検討して、法へと整備する部署です。あちらには他にも、の名を持つ者が幾人かおりますので、一人戸籍課へ出してくれないか、と話があり、年齢的にもちょうど良いと私が引き受けました」
「そうか。それは、大変だな」

 畑違いの部署でいきなり長を勤めるとなれば、色々と苦労も多かろう。しかし、ある程度の家格の者が長でなければ、他の部署や各家からの横やりや圧力をはね除けられず、業務に支障が出ることも確かだ。

「いえ、まあ、そうなんですが、ちょうど私の推し進めたい法案に、戸籍課での仕事が合致していたもので、これ幸いと引き受けた次第で」
「そうか」

 八条は、研究者の気質が強い者が多い。何かに夢中になると、それの探求に突き進むと聞いたことがある。八条の元当主は畑仕事が好きで、突き詰めて農薬や堆肥の研究を始めたのだったか。息子が二十歳になるなり当主仕事の引き継ぎをして、とっとと研究室に引きこもった。
 現当主も、早くに結婚して子どもを授かり、着々と早期引退計画を練っているようだ。たからは、何に夢中なのだったか。化石?遺跡?
 まあ、いいか。
 で、この八条薫は、何やら一つの法案に夢中なあまり、家格の高い者が避けがちなこの戸籍課の長を引き受けたと。

緋色ひいろ殿下にお会いできるとは、光栄です。一度、じっくりとお話がしてみたかった。私の成し遂げたい法案は、殿下の発案ですから」
「へ?」
「実は」

 八条薫が、滑らかに話し始めた所へ扉が叩かれ、婚姻届の担当者らしき者が入ってきた。一人で来る勇気は無かったのだろう。四人もいる。全員で来たら、業務が滞るのじゃないか?俺の婚姻届の行方だけ教えてくれたら、それでいいんだが。
 震えながら包拳礼の姿勢を取る面々を眺めて、いつものように、礼はいい、顔を上げよ、と言った。
 成人なるひとと八条薫に、すっかり毒気を抜かれた感じだな。

緋色ひいろ殿下と成人なるひとさまの婚姻届は、確かに受け取っております」
「ああ、それで?」
「同性の婚姻を認めるとの法が施行されてすぐに、緋色ひいろ殿下の戸籍を作成する予定でした。しかし、成人なるひとさまの年齢がはっきり分からないから少し調べると朱実あけみ殿下が仰って戸籍の作成が延びました。ちょうど年齢についても、義務教育がすんだばかりではまだ家を構えるには稼ぎが足りない、婚姻は十五歳以上というのは早いのじゃないか、と議論が始まっていたらしく……」

 四人のうちでも年嵩の者が、震えながらも説明を述べた。議論の辺りで八条薫へと視線を送る。

「ええ。話は出ていましたね。しかし、名字無しの者たちは義務教育を終えてすぐに働き始める者がほとんどで、夫婦で共に働いているので、稼ぎが足りないとの理由であるならば当てはまらない、従来通りで構わないと結論が出ましたよ。我が国の婚姻可能年齢は十五歳以上のままです。ただし、十八歳未満の婚姻には両親、又は保護者にあたるものの了承の署名をもらうこと、という一文が書き添えられました」

 流石は専門家。すらすらと説明を引き継ぐ。

「ああ。なら、何一つ問題ない。成人なるひとは十八歳になった。今、戸籍を作成しろ」

 まじまじと、八条薫が成人なるひとを見ている。何か言いたそうだな。これでも乙羽おとわより背は高いんだぞ。

「あの、それが、婚姻届が、その、見当たらず……」

 失くした?
 いや、これは……。
 はあ、と溜め息が出た。
 消えかけていた怒りが、再燃する。

朱実あけみは、俺の婚姻を認めないってことか」
「皇族を外れて、一条に出た痕跡も無い綺麗な戸籍……。緋色ひいろ殿下のこと、好きすぎでしょ」
「気持ち悪いこと言うな」

 軽口を叩く常陸丸ひたちまるに、本気の渋面を向ける。
 ああ、本当に。
 どうしてくれようか。
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